ここでは、僕の長いOCD生活を振り返って、改善のきっかけになった出来事、考え方などを書いてみたいと思います。僕流の行動療法と言えるかも知れません。
しかし、これは、あくまでも、僕個人についてのことです。OCDに悩む人たちは、皆それぞれ症状も考え方も環境も違います。僕の症状に効果のあったものが他の人にあるとは限りません。でも、僕の経験が皆さんのOCD改善のヒントになれば、これほど嬉しいことはありません。
OCDの蟻地獄に落ち込んでしまったとき、一番効果的だと思われるのは、眠ることです。気になることを断ち切るのは難しいけど、とにかくは、今の悪い状態を保存しておくつもりで、「箱の中にしまって鍵を掛けておき」起きてから、また、箱から取り出して考えるつもりで、眠ってしまいましょう。
目が覚めたとき、昨夜、あれだけ気になっていたことが、「あれ、案外、それほどでないことかも」そう思える時が、結構あるんです。蟻地獄であがいていて、脳がヒートアップしているときに眠るなんて、そんな難しいこと！絶対無理！そう思われるかも知れません。確かに、難しいです。
コツは、自分が機械になったつもりで、自動的に、強迫観念を、一度、棚上げにしておく、と言うことかな。僕は、これを「箱の中にしまっておく」イメージでとらえています。
朝、目が覚めたとき、もし、強迫観念が薄らいでいたら、箱は開けずにそのままにしておくこと！昨夜の自分に嘘を付いたみたいだけど、今のあなたの状態こそが、所謂、「普通の人」の脳の状態に近いのだから、それでいいんです。箱の中身のことを考えるのはいいけれど、鍵を開けて取り出し、改めて検証する必要なんてありません。そのままにしておきましょう。箱の中身のことも、箱の存在自体もいつか遠いものになってゆくはずです。
勿論、この方法がいつも成功する訳ではありません。ただ、眠らずに考え続けると、それだけ強迫観念がどんどん大きく膨らんで苦しくなって行くことだけは確かです。それなら、「だめもと」で眠ってしまいましょう。
僕の強迫観念で、一番厄介なのは、自分にとってその時、一番大事な物、長く大切に使ってゆきたい物、そうした物に対して、何か取り扱いミスをして壊してしまうんじゃないか？傷付けてしまったんじゃないか？汚してしまったんじゃないか？と言う強迫観念です。
子供の頃はプラモデル、学生時代は参考書、大きくなってからは、パソコンと、まあ数え上げるときりがありません。小学生の頃、買ってきたプラモデルの箱が少し折れ曲がっているのが気になり、お店に持って行って、箱の傷んでないのと取り替えて貰ったり、勉強部屋に殺虫剤を噴霧した際、本棚に並んでいる参考書に殺虫剤がかかって汚れてしまった気がして、全く同じ参考書を何冊も買い直したり、パソコンの電源を切って再び入れる際、十秒数えるのを忘れて壊れてしまうんじゃないかと気になり、買って間もないパソコンを下取りに出して、同じパソコンを買い直したりと、精神的にも経済的にもくたくたに疲れ果ててしまいました。
これらの強迫観念のイメージは、真っ白な紙があって、それに、自分のミスで、小さなシミを一つ付けてしまった、ああ、もうだめだ！もうちょっと気を付ければ、真っ白で汚れていないままだったのに！また、もう一枚白い紙を用意しなくては。そうして、何十枚もの紙を無駄にして行く。そんな感じです。
でも、もし、最初、真っ白で汚れていないと思っていた紙を虫眼鏡でよく見ると、元々、かすかなシミがあったとしたら…。製紙会社の人や文房具屋さんが手を触れた時ついた、ちょっとした汚れが、最初からあったとしたら…。100%真っ白で汚れがないと思っていた紙が、実は、元々98%くらいのものだったとしたら…。
僕は、100%を99%にしたのではなく、98%を97%にしたのかも知れない。プラモデルも参考書もパソコンも、僕の手に渡るまでにたくさんの人の手を経てきているはずです。作る人、運ぶ人、売る人。それらの人々がミスを全くしないとは考えられません。僕は、それらの人々のミスにほんの少しミスを上乗せしただけかも。
僕は、そんなふうに考えてみるよう努力しました。そう考えるようになってから、強迫症状から少し楽になれた気がします。OCDの人は、僕に限らず、完璧主義の傾向が強いように思われます。こんな考え方もあるんだな、と参考になれば幸いです。
この世に100%のものなんてあるはずない。100%ミスをしない人間なんていない。
カラオケで歌うとき、「フェイドアウト」のある曲、って困りますよね。あの、曲の最後で、歌詞を繰り返しながら、段々、音が小さくなって行く、あれです。
CDで聴いている分には、いいのですが、自分が歌うとなると、どの辺りで歌うのを止めたらいいのか迷ってしまいます。つい、止めるタイミングを逃すと、いつまでも繰り返すことになり、聴いている人たちは、
「いつまで歌っているんだろう？もう止めたらいいのに…」と内心、思うし、歌っている方も、それを感じ、
「ああ、俺って、KYなやつ！」と赤面し、小声で歌いながら、マイクを置いて帰ってくる羽目になってしまいます。
なぜ、こんな話をするかと言うと、OCDに関して、「治る」とは、どういうことだろう？それを考えてみたいからです。
OCDが治った。そう、はっきり言える、「時点」というものが、果たして、あるのでしょうか？「時点」を「境目」と言い換えていいかも知れませんね。
僕自身の場合について話してみます。少々、長くなりますが、お付き合い下さい。
僕は、間に、ほぼ半年の期間を挟んで、二回、入院を経験しています。最初が、五ヶ月、二度目が、七ヶ月、合わせて、約一年間の入院です。
退院してから、今年で、ちょうど七年になりますが、僕が、それまで、僕を圧倒していたOCDを何とかコントロールし手なずけられるようになったのは、二回目の入院辺りからのような気がします。
二日目の入院生活の始まりは、僕にとって、ショッキングなものでした。
入院の前日の夜、僕はOCDによるイライラを抑えられず、家の玄関を開け、外に向かって、「アアーッ！」と大声で叫びました。物を壊したりするよりマシだと思い、そうしたのですが、何しろ僕の声は大きいのです。現在、その声量は、ゴスペルを歌う際、大いに役立っているのですが、その時は、それが徒になりました。
声は近所中に響き渡り、以前から、僕が迷惑をかけていた家の誰かが、警察に通報しました。
次の日の朝には、警察から病院そしてうちの家族へと連絡が行き、僕を再び入院させるか、どうかと言う相談になりました。
その頃、僕はぐっすり眠っていました。昼夜逆転の生活をしていたからです。僕の全く知らないところで、僕の再入院が決まりました。僕を強制的に再入院させることに、父が同意したのです。それらの経緯は後になって知りました。
二度目の入院で、僕は、以前、処方して貰って服用したものの、止めてしまっていた「ルボックス」を、もう一度、処方してくれるよう、先生に頼みました。
僕は、通院しているときに、認可されたばかりの、SSRI「ルボックス」を処方して貰ったのですが、頭に鍋を被せられたような、不快な圧迫感が嫌で、止めてしまっていたのです。「ルボックス」についてよく言われる、副作用の吐き気はなかったのですが、頭が常にボーッとした感じでした。
今回は、入院と言うこともあって、万一、何かの副作用で、以前、アナフラニールで経験した、異常な、感情の昂揚が起きても安心だし、頭の不快感程度は、我慢しようと覚悟を決めたのです。
前回の入院の時は、とにかく早く退院したくて、状態の良さを装い、先生の目を騙すようにして退院に漕ぎ着けました。しかし、そうした行為が全く無意味だと悟った今、僕は、真剣に、OCDと向き合い、治療に専念しようと決心したのです。
それから、七ヶ月の入院生活で、僕は、色んなことを学びました。前回は、退院することだけを考えていたので、患者さんたちと親しく話すことはほとんどありませんでしたが、今回は、出来るだけ、みんなと話すようにしました。
それまで、僕は、OCDであることや、また、小児喘息で友達と遊ぶことが少なかったせいもあって、人と話すことが苦手でした。しかし、入院生活中は、積極的に人と話すよう心掛けました。患者さんは勿論、看護師さんやヘルパーさんにも、極力、機会を見つけて話しかけるようにしたのです。
そうした結果、僕が知ったのは、やはり、こちらから心を開かなければ、相手には、思いは通じないと言うこと。また、自分が惨めな人生を送ってきた、と自虐的になったところで、何も解決しないと言うこと。そして、自分など比べものにならないほど、精神病のために辛い人生を送ってきた人たちが山ほどいると言うことでした。
今にして思うと、あの二度目の入院は、僕にとって、初めての、本当の、「学校」のようなものだったと思います。
僕は、人と溶け込めず、中学三年から不登校になり、学校にも、きちんと通ったと言う時期がほとんどありません。社会人になってからも、会社の人間関係につまずいて、長続きせず、人との付き合い方を知らずに、中年まで生きてきてしまいました。
しかし、病院という、狭い、しかし、密度の濃いコミュニティで、僕は学び鍛えられたのです。
結局、「ルボックス」がどれほど効いたのか、正直、服用している今もはっきりとは分かりません。
僕にとって、二度目の入院こそ、一種の「行動療法」だったのではないか、そう思えてなりません。勿論、「ルボックス」は、穏やかな効き方をする薬ですから、やはり、僕の心を、ずっと底の方で、支えてくれているとは思いますが。
随分、前置きが長くなってしまいました。「エーッ！今までが前置きだったのか！」そう、驚かないで下さいね。
それで、「フェイドアウト」の話に戻ります。
OCDの治療に関しては、治る、と言うことは、ある時点を境に治るのではなく、自分の中にあるOCDと言う、厄介者が、少しずつ「フェイドアウト」して行くのではないか。
僕には、そう思えるのです。
確かに、改善して行くきっかけのようなものはあります。僕について言えば、二度目の入院が、そうでしょう。でも、二度目の入院を境に、OCDが、医学的な意味で、治ったとは僕は思っていません。
なぜなら、OCDは、現在も、僕と共にあるからです。しかし、そのOCDを僕は何とかコントロールしています。だから、医学的な意味でなければ、「治った」と言っていいと思っています。
かつて、人生という舞台の主役で、僕を脇に押しのけて、大きな顔をしていたOCDは、今は、舞台の袖で、また出番が来ないかと隙をうかがっています。
いつ主役交代が起こったか？それを考えると、僕とOCDの二人が一緒に舞台で共演していた期間がかなりあって、そのうちいつの間にか、OCDが舞台から降りて僕が主役になっていたように思うのです。
OCDが、徐々に「フェイドアウト」し、代わりに、本来の僕と言う人格が、「フェイドイン」してきた。
そんなイメージが、僕には、一番、しっくりきます。
今も、舞台の袖で、主役の座を狙っているOCDに時々目をやりながら、僕は心でつぶやきます。
―舞台が終わるまで、ずっとそこにいてもいいけど、あまり、お芝居の邪魔はするなよ。
これまでに、僕が自己流で行ってきた、OCDをやり過ごす方法に、「自分を納得させる」と言うものがあります。OCDの蟻地獄に落ち込んだ時の暗中模索の中から、体験的に会得したものなのですが、これが、最近、読んだ本、リー・ベア著「妄想に取り憑かれる人々」の中に書かれていた「認知療法」とよく似ていることが分かりました。
しかし、ここでは、「認知療法」には触れずに、僕自身の「自分を納得させる」と言う事について話してみたいと思います。「認知療法」については、「OCDの基礎知識」のページに詳しく書いてありますので、そちらをお読み下さい。
「自分を納得させる」と言う方法は、自分が囚われている強迫観念を、第三者の冷静な目で見て、その強迫観念の不合理さ、矛盾を、自身に納得させる、と言うものです。
僕自身経験した具体的な例を用いて説明してみますね。
数日前、僕は、机の側に置いてあったCDに貼るラベルを、右手を伸ばして取ろうとして身体を捻ったため、机の上に置いてあった、ボイスレコーダーの上に、つい、左手を着いてしまいました。手の平に違和感を覚え、すぐ、手の平を離したのですが、ボイスレコーダーに、手の平を通して少しばかり体重をかけてしまったのです。そのボイスレコーダーは、ゴスペルの練習で使っているもので、練習から帰った後、練習で録音した音声ファイルをパソコンに転送していました。
もし、僕が体重をかけたことで、ボイスレコーダーが傷んだり、今は症状が出なくても将来故障することがあったなら、パソコンに繋いだ場合、パソコンにも、何か不具合が起きるようになってしまうのではないか？そんな強迫観念が浮かんだのです。
ボイスレコーダーの傷みが、パソコンに伝染してしまう。そんな悪いイメージが、僕の頭の中に、広がりました。最悪の場合、ボイスレコーダーを買い換えなくてはならないかも、そんな考えが、一瞬、よぎりました。
でも、そこで、僕は、今まで何度か成功したことのある「自分を納得させる」と言う方法を試してみることにしました。
まず、パソコンに接続する部分、USBプラグに関して考えてみました。パソコンに直接触れるのは、ここです。
僕のボイスレコーダーは、USBプラグが、普段は、本体の底の部分に格納されていて、ゴム製のカバーで覆われています。パソコンに接続する際は、カバーをずらして、プラグを本体から押し出し、パソコンのUSBアダプタに、ボイスレコーダー本体ごと差し込むタイプです。
ボイスレコーダーの底を見ると、ゴムのカバーがしっかりと覆っていて、僕の手の平が、本体に収められているプラグに直接触れることはなかったと言うことが、確認できました。
次に、ボイスレコーダーが壊れる条件について考えてみます。僕の手の平から体重がかかって壊れたのなら、ボディに何らかの損傷がなくてはなりません。「へこみ」や「傷」、そのようなものです。
ボディに損傷を与えずに、内部の機器を壊すとしたら、強く振って振動を与えるか、電気や超音波のようなものを使って内部だけを破壊するしか方法はありません。
僕は体重をかけただけですから電気が流れたわけではないし、勿論、超音波も発生するはずがありません。
ボディを子細に観察したところ、「へこみ」や「傷」は、見当たりません。つまり、僕の体重という圧力で、ボイスレコーダーが壊れることはなかった、と証明できたわけです。
では、もう一つ、振動で壊れることはなかったか？僕は、手のひらを押し付けただけで、振動は与えていません。
もし、仮に、振動を与えてしまったとしても、少々の振動では壊れないはずです。
テレビの国会からのレポートなどで、報道記者が議員に、ボイスレコーダーを持った手を伸ばし、振りかざしている場面をよく見ます。当然、ボイスレコーダーを作っている会社も、そう言う状況を想定して製品を作っているはずなので、かなりの振動でも壊れないと考えられます。
また、他の記者やレポーターに揉みくちゃにされて、ボイスレコーダーを落としてしまう可能性も高いと思われ、そうなると、低い地点から床に落としたくらいで壊れるとも思えません。それくらいで壊れるようでは、道具として失格です。
上に述べたような事実を総合して考えると、手の平で体重をかけてしまったという、僕のミスで、僕のボイスレコーダーは壊れなかったという結論に達しました。
従って、ボイスレコーダーをパソコンに接続しても、パソコンに何の悪い影響を与えることはない、と言う確信を、僕は得ることが出来たわけです。
随分と、理屈っぽく、ややこしいことを考えるなあ。そう思われたことでしょう。でも、これが、「自分を納得させる」と言う、僕の方法なのです。
他にも、何か、自分がミスをしたり、自分の大切なものが買った当初から調子が悪かった時など、あらゆる手段を講じて情報を集めます。
「2ちゃんねる掲示板」もよく利用します。そして、自分のようなミスを犯した者が他にいないか？製品に不具合があるのが、果たして自分だけなのか？それらを徹底的に調べます。勿論、中傷や嘘の発言も多いので、じっくりとログを読んで、事実を見極めます。
また、サポートに電話をかけることもあります。その場合、一般の人にとっては、あまりに馬鹿げた些細な質問なので恥ずかしいため、他の、もっとありきたりな質問をした後に、
「あの、ついでだから、ちょっとお訊きしたいんですが―」などと切り出します。アダルトビデオを借りる際、名作映画数本の中に、一本だけ混ぜて、レジに持って行き、いかにも、ふと目に付いたので気紛れで借りてみた、そんな風に装う、あの要領です。男性なら分かりますね？
そうした質問をすると、サポート担当の人は、「ええ、基本的には、何の問題もないと思いますよ」などと答えてくれます。すると、こちらとしては、一応、プロの言うことだから、と安心するわけです。
しかし、この「自分を納得させる」と言う方法が、いつも成功するとは限りません。次に、過去の失敗例を挙げてみます。
もう十年近く前、僕の状態が悪く、パソコンを何台も買い換えていた頃の話です。
僕は、届いたパソコンを段ボール箱から取り出す際、初めて、カッターナイフで、箱の蓋を閉じてあるガムテープを切って、パソコンを取り出そうとしました。いつもは、ガムテープを手で慎重に剥がすのですが、その時は、長期間取り憑いている強迫観念に疲れていたのかも知れません。そのせいもあったのでしょうか、僕は、考えられないようなミスをしてしまったのです。
僕は、箱を逆さまにしたまま、つまり、箱の底の方を開けてしまったのです。僕は、パニックに陥りました。カッターナイフを使うのだから、パソコン本体を傷付けることのないよう、慎重にごく浅く、ガムテープに切り込みを入れたのですが、それが、何と、箱の底の方だったのです。
蓋を開けてみて、中の様子が変なのに気付き、箱の側面を見ると、書かれてある文字が天地反対でした。その瞬間、カッターナイフで、大事な新品のパソコンを傷付けてしまったのではないか？そんな強迫観念が、僕にどっと襲いかかりました。
箱の上部を開けることを想定して、僕はカッターナイフを使ったのですから、底から開けてしまった場合、ナイフの先がパソコンに触れてしまったかも知れません。
取り乱している僕に父が言いました。
「よく見てみろ。もし、おまえのカッターナイフがパソコンを傷付けたのなら、この発泡スチロールに切り傷が付いているはずじゃないか？」確かに、父の言う通りなのです。見た限りでは、ノートパソコンは、発泡スチロールの緩衝材の中にすっぽり収まっており、その発泡スチロールには、ナイフの傷は見当たりません。発泡スチロールを傷付けずに、パソコンに傷を付けることは不可能なのです。
しかし、僕は、どうしても、その事実に納得出来ませんでした。父との信頼関係がなかったせいでしょう。父が、僕の馬鹿馬鹿しい考えを打ち消すために、詭弁を弄している、そうとしか受け取れませんでした。
結局、そのパソコンは下取りに出すことになり、僕は、疲れ果てて、しばらく、パソコンから遠ざかることになりました。
もし、現在の僕が、タイムマシンに乗って過去に行き、その時の僕を説得するとしたら、何て言うでしょう？たぶん、このように言うと思います。
「宅配便のことを考えてみてごらんよ。君が思っている以上に、結構、乱暴に配送品を扱うものなんだ。ポンとトラックの荷台に放り込んだりしてね。そうでなきゃ、予定日までに届ける事なんて出来ないよ。宅配業者は、時間との戦いだからね。それが分かっているから、パソコン会社だって手は打ってあるんだ。発泡スチロールの緩衝材に収めてあるのは勿論だけど、上下左右、どちらから衝撃を受けても大丈夫なように、パソコンが、箱の中の真ん中に浮くようにして、入れてあるんだよ。そのことは、今まで、何台もパソコンを買った君なら知っているはずだ。だから、箱のどこから、ナイフを入れたところで、刃先が、緩衝材の、パソコンを守っている部分に届くことはないんだ。従って、パソコンにナイフの刃先が触れることは絶対にあり得ない。君が刃渡り何十センチのドスかサバイバルナイフを、思い切り段ボール箱に突き立てたのなら、話は別だけどね」
たぶん、僕は、当時の僕を、この説明で納得させることが出来るでしょう。ただし、未来から来た、と言う事実を信じてくれれば、の話ですが。
これが、問題のボイスレコーダーです。
机の汚れは、アクリル絵の具ですよ。汚くて、すみません！
僕が郵便物を出す特に、確認行為に、多くの時間と精神的労力を費やしていることは、これまでも何度か述べましたが、ここ数年、以前より、その症状が軽減しているように感じられます。
最近は、ゴスペル関係の人に年賀状を出す機会も増え、と言っても、十枚ちょっとなのですが、それでも、すべて、手書きで、イラストを添えたりと、手間暇を掛け、心を込めて書いています。従って、かなりの神経を使って書く上に、枚数も多いのですから、本来なら、それだけ、確認行為の苦労も多くなるはずなのですが、実際は、あまり人付き合いがなく、年賀状を含めて郵便を書く機会の少なかった頃の方が、辛かったような気がするのです。
どうしてだろう？その理由を考えてみました。
僕が辿り着いた結論は、確認の対象が多くなると、その分、強迫観念の力が分散されて、影響力が小さくなるのではないか？と言うものです。
ゴスペルを始める前、引きこもりの自助グループに関わったり、児童養護施設で子供達と遊ぶボランティアに参加したりと、人と積極的に関わろうと、色々なことをやったのですが、人間関係その他の理由で、あまり長続きはしませんでした。
ゴスペルが五年近く続いているのは、ひとえに、僕が、本当に歌が好きだからでしょう。休み時間など、どんな話をしていいのか分からず、ぽつんとなってしまって、やっぱり、ここにも僕の居場所はないのかなあ、と思いかけたこともありましたが、歌う楽しさに支えられて、いつの間にか、五年も続けることになりました。
それだけ続けていると、いかに、僕でも、少しずつ溶け込むことが出来、年賀状を出し合うメンバーも出来てきました。
以前、人付き合いがほとんどなかった頃は、出す郵便と言えば、パソコンやソフトウェアのユーザー登録カードがせいぜいで、一枚のハガキを出すのに大変な苦労をしたものです。
今、ゴスペルのメンバーに出す年賀状も、人との大切な繋がりに関わるものですから、ユーザー登録カード以上に、神経を使っているはずなのですが、かつて、一枚のカードを出していた時より、十数枚の年賀状を出している現在の方が、リラックスして、文章を書き、ポストに投函することが出来ます。
これは、矛盾しているようですが、確かに、それなりの理由があるのです。
一枚のハガキを書いていた時は、僕の「確認のフィルター」は、たった一枚で、全神経を集中して、ハガキに書いた文章を確認します。つまり、一度の確認で、完璧に、確認行為を終了させようとしていたのです。
それに対して、今は、何枚もの「確認フィルター」を通して、つまり、何度も繰り返して確認します。
いかに、確認強迫の僕でも、十枚以上のハガキ一枚一枚に、かつて一枚のハガキに使っていた集中力を維持できず、一枚に対する集中力を減らして、とにかく十枚書き終え、その代わり、十枚全部書き終えてから、一枚ずつ、軽く、チェックして行くのです。郵便番号、住所、宛名、「様」は、ちゃんと書いているか？等々。気になったら、もう一度、確認します。
それじゃ、症状が悪化しているじゃないか。そう思われる方がいるかも知れません。
しかし、現実には、今の方が、ハガキの枚数の割には時間もかからず、何より、精神的に楽なのです。
その理由は、「確認フィルター」の枚数は多くても、その一回の確認に掛ける集中力が少なく、あっさりとしたものだからです。
どうせ、どんなに集中しても一回では確認しきれないのだから、何回でも確認しよう。何回も繰り返し確認すれば、後で、あそこは確認したか？気になっても、何回目かの確認で必ず、チェックしているはずだ。そう思えるようになったのです。
そう考えると、不思議と、一回の確認が気楽に疲れずに出来るようになりました。今、見逃した点があっても、その後の、何回かの確認で、いずれ確かめられるわけですから。
何回確認してもいいと考えたからと言って、確認する回数が何十回にも増えるわけではなく、不思議と、三、四回で、「まあ、こんなものかな」と気が済みます。この辺りが、OCDを上手く操るコツかも知れません。
結局、確認強迫で、一番、厄介なのは、錐で、正確な位置に穴を開けるような、そんな集中力を求められることです。やっと、確認が終わったとしても、また、不安に駆られ、同じ集中力を注ぎ、再び、確認を強いられるのです。そうして、OCD蟻地獄へと落ち込んで行きます。
そこそこの集中力で何度も確認して、強迫観念の力を分散させ、脳の中の不安なイメージの焦点を、ぼやけさせて曖昧にする。
それが、「確認フィルター」を増やすと言う意味です。
この「確認フィルター」を増やしてみる、と言う方法は、確認強迫の症状の人にしか、効果がないかも知れません。しかし、OCD患者に共通してありがちな、完璧主義を和らげると言う点では、他の強迫症状の人にも役立つような気がします。
OCDの、色んな症状に悩んでいる人の改善のヒントになれば幸いです。
これから、書こうとしているのは、僕の薬物療法に関する履歴書のようなものです。
最初に、お断りしておきたいのは、これは、あくまで、僕個人の薬に関する記録だと言うことです。
精神科に限らず、薬は、その人によって効き方が違い、効果のある人もいれば、ない人もいます。薬の量や他の薬との組み合わせによっても効果は違ってきて、その結果は、千差万別と言ってもいいくらいです。また、ほとんどの薬には副作用がありますが、その現れ方にも個人差があり、一概に語ることは出来ません。
どうか、そのことを念頭に置いて、この文章をお読み下さい。
僕が精神科の薬と言うものを初めて飲んだのは、今から十年程前でしょうか。現在も飲み続けているSSRI「ルボックス」を飲んでからは、約八年になります。
今、僕は、「ルボックス」の他に、下剤の「アローゼン」、睡眠薬の「ベンザリン」と「レンドルミン」これらの薬を飲んでいます。
僕が、自分が、「強迫性障害」と言う、脳内物質の代謝異常による「心の病」であると知ったのは、東京から帰ってきて間もなくの頃でした。
それまでも、「強迫神経症」と言う言葉は知っていました。僕も、たぶん、それなんだろうなあ、とは思っていたのですが、神経症と言う言葉のイメージから、自分の生まれ付いての神経質な性格が、状況によって悪化したのだろう、その程度の認識しかありませんでした。
「不安でたまらない人たちへ」と言う海外の本で、「強迫性障害」つまり「OCD」の存在と、その本質を知ったのですが、残念ながら、その本は、人に貸したまま行方不明になっていて、今、僕の手元にはありません。
ただ、強く、記憶に残っているのは、脳の一部、前頭葉尾状核と言う場所が、真っ赤になっている断層写真です。熱を帯びているため赤く写っているのですが、それが、OCD患者が、強迫症状に苦しんでいる時の、脳の様子なのです。
長年に渡って自分を苦しめていたものを、実際に、視覚として捉えると、これは、「心の持ちよう」とか「意志を強く持つ」と言った、精神論では、治すことは出来ないのではないか？僕は、そう強く感じました。
そこで、中学時代に無理矢理連れて行かれ、いい印象を持っていない精神科を、もう一度、今度は、自分から訪れてみようと思い立ちました。
最初に、訪れたのは、「Pクリニック」と言う、心療内科でした。電話帳で調べたのですが、やはり、精神神経科と名の付く、所謂、精神病院は、敷居が高く、以前、連れて行かれたときの印象が強く残っていて不安だったのです。
「Pクリニック」は、僕の町から、車で三十分ほどの小さな町にありました。北海道の大自然の中に建っているペンションと言った感じの建物で、建物の中に入っても、色んな素朴な飾り物が置いてあったり、絵が壁に掛けてあったりと、極力、病院の雰囲気がしないよう、気を遣っていました。音楽も、渓流のせせらぎのような、そんなBGMが流れていたように思います。
まだ、若い、三十代の男の先生だったと記憶しています。カウンセリングが始まったのですが、僕には、何だか、「暖簾に腕押し」と言った印象でした。
こちらが話すことを一応は聞いてくれるのですが、どこか反応がピント外れなのです。医者と話していると言うより、どこかのカルト宗教の教祖とでも話しているような、そんな感じがしました。結論を初めから決めていて、どうにかして、僕をそこに導き納得させようとしている、そんな印象を受けました。
「統合失調症」ではないかと疑っていて、それを判断するための質問を、かなりしつこくしていました。それは、確かに、間違いではないのですが、その態度が高圧的と言うか、いかにも尋問と言う雰囲気がして、僕には馴染めませんでした。何より、患者の心をリラックスさせてあげようという、心遣いが感じられないのです。
そうした心遣いは、建物の方に使い果たしてしまったのでしょう。
結局、医師の診断はこうでした。
「パソコンが気になって買い換えたいのなら、いくらでも、買い換えればいいじゃないですか」僕が、ビル・ゲイツなら、勿論、そうしますよ、先生。
薬を出してくれたわけでもないのに、かなり高額の診察料を払って帰ってきました。
僕が初めて自分の意志で出かけた精神科での診療の成果は、このように、あまり芳しいものではありませんでした。
それからしばらくして、母親の友人から、自分が事務員として勤めている病院に、一度、診察を受けに来たらどうかと言う連絡が、母を通じて、僕に届きました。その病院は、僕の住んでいる町の郊外にある、私立の比較的大きな規模の精神病院と言うことでした。
結局、この病院が、その後、僕と長く関わりを持つことになりました。
病院長は、長年、地域の精神医療に貢献して表彰もされたという、八十歳近い老先生で、「大先生」と呼ばれていましたが、病院の象徴のような存在で、実際の診療は、その息子である医長先生が行っていました。
その医長である、当時、四十代後半の先生が、今も、僕の主治医のN先生です。
先生は、痩せ形で、かなり神経質な感じのする先生でした。僕の話を、言葉を挟まずに最後まで聞いてくれ、僕が話し終えると、こう言いました。
「あなたの病気のことは、勿論、知っているけど、僕が治療したのは、今まで、たった一人だけなんだよ。その患者さんは、学生で、最初の一文字が上手く書けないと、次の文字を書くことが出来ない、そんな症状だったんだ」僕も緊張していたのでしょう。その患者さんが治ったのかどうか訊ねた記憶はないのです。ただ、自分の、OCD患者の治療に関しての経験の不足を、正直に話してくれたのには、好感が持てました。
「心の病」についての精神論を話すと言うこともなく、あくまで、現実的で具体的な治療方針を述べるだけでした。
今のところは、カウンセリングを続けながら、薬を服用して、気長に治療して行くしか方法はない。そうはっきりと言いました。
そうして、僕は、このN先生と共に、OCDに対して、「共同戦線」を張ることになったのです。それは、まさに、「長期戦」となりました。今も、小競り合いは続いているのですから。
最初に、服用することになったのは、お決まりの、精神安定剤でした。まず、基本から、と言うのが、先生の治療方針だったのでしょう。
その薬は、「セルシン」、「ホリゾン」この二つだったと記憶しています。
この二つは、実は、同じ薬で、商品名が違うだけです。「ルボックス」と「デプロメール」の関係と同じです。「ホリゾン」の方が不足していたらしく、「セルシン」の方を処方されることが多かったです。
飲んだ結果は、特に、気持ちが静まるといったことはなく、飲んだ後、ひたすら眠くなる、と言ったものでした。夕食の後、この薬を飲むと猛烈な眠気に襲われ、カーペットの上にゴロンと横になったまま、数十分、うつらうつらすることもありました。
眠ることは、気持ちを静めるのに最も効果的なのですから、眠くなると言うのは、一つの効果であって副作用とは言えないのかも知れません。
しかし、OCDに関して、症状が改善するという効果は、全くありませんでした。
僕が、「アナフラニール」を飲み始めた正確な時期については、どうにもはっきりしません。
ただ、最初の入院が、1999年の夏なので、その数ヶ月前と言うことは、確かです。
先生から、強迫性障害に効く薬があるので、飲んでみましょう、と言われて飲み始めました。この薬について、さほど詳しい説明を受けた記憶はありません。
後に、「ルボックス」を飲み始めたときは、製薬会社のパンフレットを貰って、効能、副作用、臨床データなどの説明を受けたのですが、「アナフラニール」に関しては、そのような記憶がないのです。ただ、ある程度の副作用があることは言われたとは思います。
飲み始めてからどれくらいで、「アナフラニール」が、僕に影響を与え始めたか、それもまた、正確には言えません。ただ、比較的、早い時期、二ヶ月か三ヶ月頃には、明らかに、飲む以前とは、違った感覚を覚えたように思えます。
いずれにしろ、「アナフラニール」を飲み始めてから入院までの数ヶ月間は、僕にとって、嵐のように精神を翻弄された時期で、その頃の記憶には、途切れ途切れの部分もあって、今も、正確に述べることが出来ません。
僕にとって、この薬との相性は、最悪と言っていいものでした。
まず、最初に、僕に起きた顕著な変化は、異常なまでに饒舌になった、と言うことです。とにかく、言葉が、次々と口から溢れて来るのです。本来、話し好きな僕ですが、自分でも少し変だな、そんな自覚はありました。一種の躁状態だったのだと思います。
よく、芸人さんが、自分のテンションを意識的に上げ、気分をハイにしてから、舞台に上がる、と言いますが、まさに、そんな感じでした。観客は、僕の両親だけなのですから、たまったものではなかったと思います。
その話す内容なのですが、それが、前の晩に眠らずに考えた「小話」なのです。
その前に飲んでいた、精神安定剤が眠気を催したのとは対照的に、「アナフラニール」は、夜になっても眠たくなく、やたら、頭が冴え渡る？のです。そして、次から次へと、「小話」が浮かんできます。
それは、「下ネタジョーク」と「OCDに関する自虐的なジョーク」でした。
「下ネタジョーク」は、ヨーロッパ流の、パーティーで披露しても、ぎりぎりでお下劣にならない、そんな大人の笑いのつもりだったのですが、今、冷静に考えると、子供が、「ウンチ、ウンチ」と連呼して、大人達がしかめ面をするのを喜ぶような、そんなレベルで、情けない限りです。
「OCDに関する自虐ネタ」も、やはり、いまひとつで、薬でハイになった状態では、自己満足レベルのものしか生まれないのだなあ、とつくづく思います。
ただ、発想そのものは、次々と浮かんでくるので、創作に行き詰まったアーティストが、麻薬に手を出す気持ちが、少しは理解できるようになりましたが。
そうした時期が過ぎると、今度は、自殺願望が生まれました。それも、自分が死ぬだけではなく、世の中の嫌な人間達を道連れにして死にたいという、危険な自殺願望です。
僕が考えた、その嫌な人間達とは、権力や暴力にものを言わせて弱いものいじめをする人間、他人の気持ちを傷付けても平気な、無神経な人間、そうした人々です。
ダイナマイトを身体中に巻き付けて暴力団の事務所に乗り込み、組員もろとも木っ端みじんに自爆できたら、どんなに気持ちよく、そして楽になれるだろう。よくそんなことを夢想しました。
キスをどれくらい長く続けられるか、そんな、カップル達のコンテスト会場に、やはり爆弾を抱えて乱入し、強欲で無神経なバカップル達共々、この世から消えてなくなることが出来たら、どんなに痛快だろう。そんなことも考えました。
いずれにしろ、ダイナマイトもプラスチック爆弾も手に入らなくて幸いでした。
そんなに現実は上手く行かないものです。と言うか、上手く行かなくて良かったのですが。
そんな、自暴自棄な気持ちでいっぱいの時に、嫌な人間とトラブルに見舞われて、その人間に殴られて倒れた僕の手の先に、たまたま、握るのに手頃な石ころがあったとしたら…。
そんなことを考えると、あの危険な時期に、僕が道を踏み外さないですんだのは、やはり幸運だったのだと思います。
ただ、この時期、隣の駐車場の車のガラスを壊したり、近所の家の窓に石を投げつけたりと、本当に色々な人たちに迷惑を掛けました。両親は、家と土地を売り払い、引っ越すことを真剣に考えていたそうです。
それから、「死ねたらもうけもの。死ねなくても、目が覚めたら、もしかして自分が生まれ変わっているのではないか」そんな、漠然とした思いに囚われ、大量の薬、たぶん、「アナフラニール」や睡眠薬を飲んだこともあります。
勿論、ドラマや小説のように死ねるわけもなく、長い睡眠の後、不快感と共に目が覚めるのですが、そうした事を何回か繰り返すうちに、記憶が飛ぶようになりました。
ある日、パソコンで、DVDを観ようとしてドライブを開けたら、すでにDVDが入っていて、驚いたことがあります。
パソコンに神経を使い尽くしていた僕が、DVDを入れたまま、電源を切るはずはないので、よく記憶の底を掘り起こしてみたら、かすかに、前の晩、当時は、まだ、カクカクとした動きだったDVDを観た記憶が、所々、甦ってきたのです。
つまり、前の晩、薬の飲み過ぎで朦朧とした状態で、DVDを観て、そのまま、パソコンの電源を切り、DVDを観たという事実を、僕は忘れてしまっていたのです。
薬物の怖ろしさを知ったと言う意味では、いい経験でした。
また、この時期、夜間、病院を訪れて、夜勤の看護師さんに注射を打って貰ったことが何回かありました。
夜、OCDに心を引き裂かれる苦しさにイライラを押さえられず、危険な状態になったとき、特別に、注射を打って貰えるよう、先生に頼んだのです。
その注射の中身が何であったのかは分かりません。たぶん、安定剤だったのでしょう。
夜、危険な状態になったとき、そうした処置をして貰えると言う、安心感は、僕にとって大きな救いになりました。
その安心感こそ、何よりの「精神安定剤」だったように思えます。
入院する直前のことで、はっきりと覚えているのは、ひたいに、「OCD」と、黒いマジックで大きく書いて、診察に行ったことです。
自分が、OCDであることに、ほとほと嫌気がさしていた一方で、異常な病気を抱えている自分を世間に晒し出し、嘲笑され、ののしられたい、そんな欲求もあったのです。
OCDと言う、「毒を食らわば皿まで」、そんな自暴自棄な気持ちでした。
たぶん、そんな僕を見て、先生は、「これは限界だ」そう感じたのだと思います。
それから、間もなく、診察に行ったとき、今まで、打たれたことのない、静脈注射を打たれました。気持ちが楽になるからと言うことでしたが、その後すぐ、いつも、先生と助手をしている看護師さんの二人だけの診察室に、四人の男の介護士さんが入ってきました。
それを見て、「ああ、これは、何か普通じゃない」僕は、そう感じました。
「息子が世間に迷惑を掛けるなら、私が、この子を殺します」父がそう言い、僕が父に飛びかかりました。
「入院だ！」先生が叫んで、四人の介護士さんが僕を取り押さえ、暴れる僕を、御神輿のように、担ぎ上げ、今まで見るだけでその奥に入ったことのない、鉄の扉の向こうに運んで行きました。売店の前を過ぎ、廊下の途中で止まり、僕は、そこで下ろされました。
廊下の一部分が扉になっていて、そこが開き、僕は中に放り込まれました。まるで、「日光江戸村」にでもありそうな「忍者屋敷」と言った趣です。
放り込まれた先は、四方をリノリウムの壁に囲まれ、鉄格子に閉ざされた部屋で、そこが、「保護室」でした。
僕は、その部屋で、二週間を過ごしました。その間に、僕の世話をしてくれた看護師さんから情報を聞きながら、「アナフラニール」が僕の身体から抜けるのを、先生は待っていたのでしょう。
二週間後、病室に移り、僕の最初の入院生活が始まりました。
今にして思えば、その日、僕を入院させると言う段取りが決まっていたように思えます。
診察室から先生が、どこかに連絡した様子もないのに、介護士さん達が入って来たのも不思議ですし、その日初めて打たれた静脈注射は、保護室に入れられた後、丸一日、ふらふらと夢うつつの状態になったくらい強力なものだったから、あの注射を打たれた後、家に帰れるとは、とても思えません。
やはり、事前に、両親と先生の間で、打ち合わせがしてあったと考えるのが自然です。
約五ヶ月間に渡る、一回目の入院の間、僕が、どんな薬を飲んでいたか、それは、分かりません。「アナフラニール」でないことだけは確かですが、何かしら、薬は飲んでいたと思います。
ただ、この最初の入院は、いかに、先生の目をくらませて早くに退院するか、そのことだけを考えていたので、自分が、どんな薬を飲んでいるかなど、僕は、まるで考えていませんでした。
「アナフラニールで、気持ちが煽られたんだね」先生は、僕に、そう言いましたが、確かに、入院してしばらく経つと、入院前の数ヶ月間に自分が取っていた行動の異常さに、僕自身、気が付きました。
この最初の入院は、OCDの治療という点では、何の進歩もなかったのですが、「アナフラニール」の危険な効き方から僕を救ってくれたと言う意味では、やむを得ないものだったと思います。
僕が、日本で認可された最初のSSRI「ルボックス」を飲んだのは、一日目と二回目の入院の間のことですから、2000年の春頃のことだと思われます。
今回は、「アナフラニール」の時とは違い、製薬会社のパンフレットを見せて貰いながら、詳しく説明を受けました。
「ルボックス」、そして、商品名が違う「デプロメール」と言う薬、本名、「マレイン酸フルボキサミン」が、日本で認可されたのが、1999年ですから、僕は、その翌年に、この薬を飲んだことになります。
パンフレットに書かれてあった臨床例も、数十人単位で、その少なさに、ちょっと驚いた記憶があります。
典型的な副作用として、吐き気があり、それが辛いと服用が難しいと聞き、飲み始めたのですが、僕には、吐き気は感じられませんでした。その代わり、頭全体を、何か、大きな鍋のようなもので覆われたような、そんな、重苦しい不快感を覚えました。
そのことを先生に告げると、「それなら、中止しましょう」と言うことになり、僕は、「ルボックス」を、飲み始めてから一ヶ月もしないうちに、服用を止めました。
たぶん、前の「アナフラニール」のことがあるので、先生も慎重になっていたのだと思います。
そうこうしているうちに、前の入院では改善していなかったOCDが悪化し、僕は、再入院することになったのです。今度は、自分を必死に押さえようとして、玄関で外に向かい、大声で叫んでしまったのがきっかけでした。
再入院した後、僕がOCDと真剣に向き合い、もう一度、「ルボックス」を飲んで、OCDの治療に取り組んだ経緯は、このページの「フェイド・アウトそしてフェイド・イン」の中で、一度書いたので、ここでは繰り返しません。
退院後、一時、鬱状態だったときに、ノルアドレナリンに作用する、SNRI「トレドミン」を処方して貰い、短い期間飲みました。これは、早くに効果が現れ、鬱状態から立ち直ることが出来ました。
その後も、僕は、「ルボックス」を飲み続けています。
果たして、この薬が、本当に効いているのか？そう問われたら、僕は、
「今の状態がまずまずなのだから、効いている可能性はある」そうとしか答えられません。
また、それでいいのだと思っています。
精神科の薬とは、そのようなものだと僕は思います。
僕が、入院する以前より、OCDの症状がずっと軽くなっていることは確かですが、それが、「ルボックス」のせいなのか、入院中を含めたこれまでの生活そのものが行動療法の役割を果たしてくれたせいなのか、年齢と共に脳のエネルギーも落ちて、OCDが僕に大きな影響を与えられなくなったのか、あるいは、それら、すべてのせいなのか、僕には、はっきりとは分からないのです。
これは、「特急電車」に乗っている乗客に、
「今、あなたは、電車の進行方向に、電車のスピードで移動しているのですか？」と訊いて、
「勿論、当たり前じゃないか！」と答えたら、
「じゃあ、あなたは、電車に乗る前、地球も電車と同じ方向に自転していたことを知ってましたか？あなたが、今、その速度で移動しているのは、本当に、電車に乗っているせいだけなのですか？」そう訊き返すようなものです。
「薬は、症状が改善するのを手助けする浮き輪」
僕の主治医は、薬物療法について、よく、そんな言い方をします。確かに、その通りだと思います。
泳げない人が泳げるようになるためには、いくつもの練習方法があり、また、時間のかかり方も違います。
最初から最後まで、「浮き輪」を使うことなく泳げるようになれたら、勿論、それが理想です。だが、練習の仕方は、人それぞれ。
「浮き輪」を過信することなく、また、軽んじることもなく、上手に利用して行くことは、とても大事なことだと僕は考えています。
僕のOCDに関する症状は、確認強迫が大半を占めていますが、不潔恐怖と洗浄強迫、更に縁起強迫の症状もあります。
縁起強迫については、また別の機会に書くとして、確認強迫と共に、OCD患者の多くを悩ませている、不潔恐怖と洗浄強迫について書いてみようと思います。
僕の場合、確認強迫が七割、残りの三割を不潔恐怖、洗浄強迫、縁起強迫が占めている、そんな感じです。
これまで僕を襲った確認強迫の個々の症例について書けば、レポート用紙百枚あっても足りないくらいですが、不潔恐怖、洗浄強迫に限れば、数え上げられる程度なので、いくつかの例について考察してみることが出来ます。
しかし、これは、医学的に素人の僕の考察ですから、そこのところは御承知の上でお読み下さい。
僕には、不潔恐怖についての最初の記憶、もしかしたら、それが、後の僕の不潔恐怖と洗浄強迫に大きく影響を及ぼしたかも知れないという、そんな、はっきりとした記憶があります。
それは、僕が、初めて小児喘息の発作を起こしたときにまつわる記憶です。
保育所に入るか入らないかの頃ですから、三歳くらいの時だったでしょう。
僕は、その日、近所の遊び仲間の子供達と泥んこ遊びをしました。たぶん雨で濡れた泥だったと思いますが、その泥を固めて色んな物を作って遊んだのです。
子供なら誰でもそんな遊びをした経験があると思いますが、僕の場合、母が極端な清潔好きと言うこともあって、そうした遊びをすることはあまりありませんでした。
その日も、帰ってから、随分叱られた記憶があります。
その夜のことでした。僕は、初めての喘息発作に襲われたのです。
喉に何かが詰まったようで息が出来ず、窒息するのではないかと言う苦しみの中で僕が思ったことは、
―バチが当たったんだ。
その言葉です。
―母親の言うことを聞かず、汚い泥で遊んだから、僕はバチが当たったんだ。
子供心に、そう思ったことを今でもはっきりと覚えています。
喘息とはその後、OCD同様、一生付き合うことになりました。
その少し後に、僕は初めて、OCDの症状に襲われたのですから、やはり、この「泥んこ遊び」と「喘息の発病」は、僕のOCDに大きく影響しているように思われます。
泥んこ遊びをしたから喘息発作が起きたわけではなく、それは、偶然だったのだと思います。
風邪気味で具合が悪く喘息が起きやすくなっていた時に、僕は、たまたま、泥んこ遊びをしたのでしょう。
父親も喘息持ちで、僕もそうした遺伝的要素を持っていた訳ですから、いずれ、喘息発作は起こる運命だったのでしょう。
ただ、「泥んこ遊び」と言う、自分の手を汚す「汚い行為」をした後に、喘息発作という苦しい経験をしたことは、やはり、後の僕のOCDの発病に無関係だったとは思えません。
ここで、僕の母の潔癖症についても、少し触れておいた方がいいと思います。
本人は、異常ではないと言っていますが、ある時期、母もまた、実際には、OCDと言っていい時期があったと僕は考えています。
若くまだ身体が動いていた頃、母は、部屋に敷き詰められたタイルとタイルの間の目地の汚れを、ヘアピンを使って綺麗にこそぎ落としていました。その作業に何時間もかかることが珍しくなかったのです。
リウマチで身体が思うように動かなくなり、介護ヘルパーさんに週一回来て貰っている現在でも、ヘルパーさんと一緒に掃除をし、ヘルパーさんが帰った後、置物などを元あった正確な場所に置き直している姿を見ると、やはり、OCDの要素を持っているのだなと改めて感じます。
ただ、本人は、「清潔になるのが気持ちいいから、そうした行為は苦痛ではない」と言っているのですから、医学的には、OCDではないのでしょう。
本人が、その行為を苦痛と感じ、生活に支障が生じる。それがOCDと診断される、一つの基準なのですから。
以前は、OCDの原因として、親による厳格な躾ということがよく取り上げられていました。
躾の厳しい親によって育てられた子供は、その躾を守ろうとして極端に融通の利かない子供になり、その反動としてOCDの症状が現れると言う説です。
脳科学の発達により、この説は、旧式な考えとしてあまり今では支持されていませんが、僕の母親のことを考えるとき、いくらか、的を射た所もあるように思えます。
泥んこ遊びと言う、手を汚す遊びをした―母の決めたルールを守らなかった。
だから、喘息発作と言う、罰を与えられた。
罰を与えられないため、これからは、手を汚すような行為をしてはならない。
そのようにして、僕の不潔恐怖と洗浄強迫の原型は形作られていったような気がします。
小学校時代に、僕を襲った強迫観念については、エッセイコーナーの「はじめての強迫」の中で書きましたが、意味のない強迫的儀式がほとんどで、不潔恐怖や洗浄強迫と言ったものはありませんでした。
そうなると、「泥んこ遊び」と言う、不潔で手を洗わなくてはならない行為により、「喘息発作」と言う「苦しみ」が引き起こされた、そのことが、僕のOCD発症の引き金になったのではないかという仮説も怪しくなってきます。
しかし、考えてみれば、子供時代というのは、不潔と言う観念に対しては、思春期の少年少女や大人に比べて、遙かに無頓着なのではないかと思うのです。
女の子が、「お父さんのパンツと私の服を一緒に洗っちゃいや！」そう訴えるのは、やはり、思春期を迎える頃になってからではないでしょうか？もしかしたら、現代では、もっと早くなっているのかも知れませんが。
また、男の子の場合は、女の子より、清潔と言うことに関しては、一般的に無関心です。
それに、何より、ウイルスや細菌、伝染病と言った知識に子供は乏しいのです。
外から帰ったらうがいと手洗いをしましょう！そう先生に言われても、その理由を深く考える子供は少ないのではないでしょうか。少なくとも、僕は、そうでした。
「不潔」であることが、正確にどういう事を指すのか、その理解がなかったからこそ、不潔恐怖は、子供の僕を標的にしなかったのかも知れません。
それは、エッセイのコーナーで取り上げた、奥田英朗の「ハリネズミ」と言う作品に書かれていたように、ヤクザが凄んでも、ヤクザの怖さを理解していない子供には、その威嚇が通用しないようなものだったのでしょう。
ただ、そんな子供の僕にも、一つだけ、その汚さに嫌悪感を覚える対象がありました。
それは、春先、雪解けの頃の道の汚さです。
僕が子供の頃は、道路は舗装されていなくて、雪が解け始める春になると、煤煙ですすけた、黒ずんだ雪の中から、色んなゴミが顔を見せ始めるのです。
主に、ミカンの皮が多かったと記憶しています。その他にも、野菜のくずや腐りかけたリンゴなど、ありとあらゆる、雪が降る前に捨てられたゴミが現れるのです。
歩きにくい、ぬかるんだ道を、そんなゴミを避けながら、出来るだけ下を見ないようにして歩いた記憶があります。
その光景は、イメージとしても、家の中にいるとき、頭の中に浮かび僕を不快にさせました。
僕が、初めて、汚染されることへの強迫観念を意識したのは、「参考書が殺虫剤によって汚される」と言うイメージでした。
参考書のページの大事な個所に赤線などを引いていたのですから、そうした勉強することによって汚れる「汚れ」に関しては気にならなかったわけです。
しかし高校時代、下宿していた部屋で、蚊を退治するために殺虫剤を噴霧したとき、その霧が本棚の参考書に降りかかり参考書が汚された、そんなイメージが沸き起こったのです。
なぜ、突然、そんなことになったのか、今も、分かりません。殺虫剤を撒いたのは、その時が初めてだったわけではないと思います。
もしかしたら、ちょうどその頃、殺虫剤の毒性についての記事を新聞で読んだり、テレビで観たりしたのかも知れません。
本なので、勿論、洗うことも出来ず、すべて買い換えることになりました。それから、部屋で殺虫剤を撒かなくなったことは言うまでもありません。
そうした毒物や劇物に対する強迫観念は今でもあり、僕は、殺虫剤や除草剤、トイレやパイプの詰まりを除く洗浄剤などに対しては、敏感です。
除草剤については、庭でチビが、草を食べたりもするので、特に気をつけています。
ただ、これは、OCD患者でなくても、動物を飼っている人間なら当然の気遣いだと思います。
殺虫剤なども、金魚や熱帯魚を水槽で飼っている人なら、水の中に溶け込まないだろうかと気にかかるのではないでしょうか？
しかし、参考書という命を持たない物に対して、なぜ、僕が、毒性のある殺虫剤がかかることが気になったのかは、やはり謎です。
ただ、これは、あくまでも、僕の推測に過ぎませんが、仮説を一つだけ立てることは出来ます。
初めての一人暮らしの不安と、更に、僕が入学した高校が北海道では進学校として知られた高校だったため、勉強を頑張らなくては授業について行けないのではないか？と言う、プレッシャーが、OCDの引き金になったのだと考えることは出来ます。
幼少時の経験以来、眠っていた不潔恐怖が、そのプレッシャーによって、「勉強に関わるものとしての参考書」を通して、初めて目を覚ました、そう言えるかも知れません。
この毒物や劇物に対する強迫観念には、僕は、数年前にも悩まされました。
入浴中、シャンプーをタイルの上に倒したとき、タイルに残っていたかも知れない、風呂の排水溝の洗浄剤が、シャンプーの口から容器の中に流入し、そのシャンプーを使うことで、頭皮がただれ髪の毛が抜けてしまうのではないか？そんな強迫観念に襲われたのです。
その強迫観念は、ポンプ式のシャンプーからフタをカチッと閉めるタイプのシャンプーに変えることで、何とか乗り越えることが出来ました。
高校時代、僕はまだ、洗浄強迫は発症していませんでした。
いつから、手を頻繁に洗うようになったのか、その記憶は定かではありません。
気が付いたら、外に出かける前、何かを始める前、大事な物に触るとき、一日に何度も手を洗うようになっていたのです。たぶん、手洗いが、僕にとっては、あまりに自然に思える行為だったので、いつから始まったか、それを覚えていないのでしょう。
手を洗う原因については、ある程度、分析できます。何の汚れを落とすために、自分は手を洗うのか、それを考えてみます。
僕にとって、手に付いたら困る物。
まず、御飯粒。
これは、昔は、御飯粒を練って糊にしていたように、くっついて色んな所に移動して行くからです。移り移って、パソコンにでも付着したら大変です。
それから、食べ物にまつわる物。食べかす、醤油、ソース、などの調味料。
これらは、僕には有機的なイメージのもので、それが、パソコン、万年筆と言った、大切な道具である無機物に付着することに違和感を覚えてしまうのです。
これらが手に着いたときは、かなり執拗に手を洗います。
ですから、食前より食後にしっかり手を洗うのは言うまでもありません。普通の人から見れば、さぞ奇妙に映ることと思います。
反対に、絵の具、インクなどは、無機的なイメージなので、それほど気になりません。
油絵の具などは、どんなに洗ってもいくらかは指に残っているのに、案外平気なのです。
つまり、有機的なものと無機的なものと言う、異なったイメージを持つもの同士が触れ合うことが、僕には気になるようです。
ですから、パソコンの上に、埃がいくら積もっていても気にならないのです。本当は、埃は、パソコンのファンの回転を止めてしまう、大敵なのに、です。
手を洗うことは、当たり前ですが、水を使うと言うことです。
水は、パソコンのような電気製品には大敵なので、それを使う前に手を洗うというのは、いかにも理屈に合いません。
手を洗った後、タオルで十分に手を拭い乾かしたとしても、です。
外出する前に、手を洗うのも僕の習慣になっています。出先で、どんな大切な物を買うか分からないからです。
帰ってきたときは、手を洗いません。大事な物に触るとき、どうせ手を洗うからです。
これも、本来なら、風邪のウイルス感染から身を守るために、帰ってきてから手洗いをするのが一般的なのですから不思議な話です。
こうして考えてみると、僕のOCDの不潔恐怖と洗浄強迫が、いかに、イメージに囚われた不合理なものであるかが分かります。
多くの不潔恐怖に悩む人のように、バイ菌やウイルスなどを怖れて、手を洗っているわけではないのです。
ただ、毒物や劇物に関する強迫観念は、決して不合理ではないのですが。
僕の不潔恐怖には、ある程度説明が付くもの、全く、説明の付けようのないもの、その二つが入り混じっているようです。その説明も、いささかこじつけめいたもののような気がします。
僕のように、不潔恐怖が軽く、その症状の数が少ない人間ですらそうなのです。もっと重症の不潔恐怖の患者さんなら、数え切れないほどの、混沌とした強迫観念があることでしょう。
不潔恐怖と洗浄強迫に関して、一つだけ、共通しているように思われるのは、
何か不潔なものが、目に見えない形で伝わって来て、自分の身体や大切な人や物に悪い事をする。
そのイメージを払拭するために、洗浄強迫が起こり、やがて、それが儀式化する。
そうしたパターンではないでしょうか？
だとしたら、そうしたパターンをどうやって、壊して行くか？
完全に打ち壊すことは無理でも、そうした「汚れたものが伝染して来て、自分の周りに充満して行く」そのイメージをどう和らげて行くか、そこに、改善のヒントがあると僕は思います。
実際に、バイ菌やウイルスが感染し、汚れが触れたものに移って行く可能性があることは事実です。ただ、それが、OCDの不潔恐怖の患者が抱いているイメージとは大きくかけ離れていることを知る必要があります。
ここからは、「認知療法」の分野になると、僕は考えます。
それは、専門的な知識を持った人間が行うべきもので、素人の僕が、ここで語るのは控えます。
しかし、洗浄強迫に関しては、「ここまでなら、おこなっても大丈夫。耐えられる」と言う、基準点のようなものを僕は持っています。
それを記して、この文章を締めくくりたいと思います。
僕は、洗浄強迫に関しては、「回数が多いタイプ」なので、「時間をかけるタイプ」の人には、また、違った基準点があると思いますが。
手を洗った際、汚れの落ちが完全でないままタオルで手を拭いた気がして、その、汚れたかも知れないタオルを交換するようになったら、限界。
手を洗う際、汚れた手で蛇口のレバーを捻って水を出したのだから、閉める時は、きれいになった手は使わず、肘を使ってレバーを閉めなくてはならない。そう考えるようになったら、そこが限界。
以上が、僕の「洗浄強迫」に耐えられる限界の基準点です。
付記
写真は、ジュディス・ラパポート著「手を洗うのが止められない」晶文社、です。
「不安でたまらない人たちへ」、「強迫性障害からの脱出」と共に、入院の前後の期間に、僕が読んだ本です。
OCD患者の数多くの症例と、それに対する著者のアドバイスが載っています。ただ、執筆された時期がやや古いため、薬物療法に関して、「アナフラニール」までしか触れられていないのが残念です。
僕の強迫症状には、確認強迫の他に軽度の不潔恐怖と縁起強迫があります。
確認強迫、不潔恐怖は、OCDの強迫観念としては代表的なものですが、それらに比べると、縁起強迫は、かなり、マイナーな強迫観念かも知れません。
今回は、その「縁起強迫」と、それにまつわる僕の考え方について話してみようと思います。
お葬式を見てしまう、霊柩車が通るのに出くわす、死という文字を見る、そうしたことに不吉なものを感じることは、一般の人でも、決して珍しいことではないでしょう。
現に、「霊柩車を見たら、無意識のうちに、親指を隠す」人も多いのではないかと思います。
そうした行為には、説明が付きますよね。
人の死という、不吉なものが、自分や家族に及ばないよう、運命に対して祈る。
人がコントロールできない「運命」に対して、人が唯一出来ることが、この、祈る、願うと言うことだと思います。
「縁起を担ぐ」と言う行為。
予測不能で得体が知れず、人を不安にさせる「運命」の呪縛から、少しでも解き放たれたい。
そのために、人が、長い間のうちに自然と生み出した知恵こそが、「縁起を担ぐ」ことだと言えます。
しかし、皮肉なことに、人が安心感を得るために生み出した、「縁起を担ぐ」行為が転じて、逆に、「縁起の悪いこと」をしてしまったから今度は悪いことが起きるに違いない、そんな強迫観念に呪縛されるようになったのが、「縁起強迫」です。
そして、その「縁起の悪いこと」が、本人にしか意味を持たない、不合理で説明の付かない事柄であるのことが多いのも、「縁起強迫」の特徴です。
僕の縁起強迫に関して言えば、一番、代表的なのは、
「新しく、自分の趣味の買い物をしたら、人間関係に良くないことが起こる」と言うものです。
これは、ある程度、説明が付きます。
僕の道具に対するこだわりは、人間関係への強い渇望から気を逸らすための、代償行為なのだと思われます。
人間の「相棒」「パートナー」の代わりに、「相棒としての道具」を求めているのです。
ですから、新しく買い物をすることは、満たされない人間関係を、更に諦めると言うことです。
新しい道具を手にすることで、今手にしている、わずかな人間関係さえ、失うことになってしまうのではないか？
そうした不安感こそ、僕の縁起強迫の正体だと考えています。
「縁起を担ぐ」と似た意味で、「験を担ぐ」と言う言葉があります。
この言葉は、スポーツの世界で使われる事が多いようです。それは、スポーツそのものが、運不運に左右される要素が強いものだからでしょう。
実力のある者が、試合に必ず勝つと限らないことは、皆さん、御存じのことと思います。
ピッチャーが、マウンドに向かうとき、左右のうち、必ず同じ方の足から先に、ベースラインを越える。
ボクサーが、タイトルを奪取した試合で身に付けていたトランクスと同じ色のトランクスを、ラッキーカラーとして試合で常にはき続ける。
大切な試合で勝利を得たとき、たまたま、そうだったから、同じ状況にすれば、再び、いい結果が出るような気がする。
そう思うことで精神を安定させる、一種のおまじないのようなものでしょう。
そうして、実際に精神が安定すれば、緊張がほぐれて身体がスムーズに動き、いい結果が出る確率は高くなると思われます。
試合前から、常に、自分が勝利した場面をイメージすることを繰り返す、「イメージ・トレーニング」も、現在では多くのスポーツ選手が行っています。
こうした考え方は、スポーツの世界だけのものではありません。
人生において、自分の思い通りの未来を手に入れ幸福になった自分をイメージし、常に前向きに人生を考える事を習慣づける。
それが、「プラス思考」の考え方です。
自分が成功している場面を、常日頃からイメージしていれば、たとえ、仮のものだとしても、自信が生まれ、それが余裕となって現れて、多くの人を惹き付ける魅力となり、現実に成功する。
また、脳科学的にも、良いイメージを描くことで、脳内を活性化するホルモンが多く分泌され、明るく積極的な、人を魅了する新しい自分が作られる。
かつて、ベストセラーとなった「脳内革命」を始め、多くの「願望実現」や「成功法則」の本も、こうした考え方が、基礎になっています。
ただ、これら多くの自己啓発書やセミナーで言う、「成功」が、「お金持ちになる」と言う意味とほぼ同義なのが、僕にはいまいち、気に入りませんが。
新人営業マンの研修プログラムに、こうしたセミナーが盛んに活用されているのを見ると、なるほど、そう言うことかと納得はします。
僕が最初に就いた仕事は、営業職でした。内勤の募集を見て、面接を受けに行ったのですが、最初は外回りからと言う、お決まりの理由で説得されOKしてしまいました。
しかし、会社は、最初から、即戦力、言い換えれば、捨て駒の営業マンを求めていた訳です。そうとは知らず、いかにも、世間知らずで、僕も若かったんですね。
営業と言う職業に関しては、確かに、「プラス思考」が、当てはまることが多いのは事実です。
お客さんは、商品を買おうかどうか迷っている時、商品の内容について誠実に説明してくれる人間より、「自信を持ってお勧めします！」そうきっぱりと言い切り、背中を押してくれる人間を望むものです。
営業において、「空元気」や「作り笑顔」は、付きものですが、それらは、決して馬鹿に出来ないものです。
お客さんは、空元気を演じる努力、作り笑顔を練習するひたむきさ、それこそを見ているのですから。
「プラス思考」の本質は、この、形からでもいい、何もしないでいるよりは、一歩でも前進してみようという、その気構えにあるのではないかと僕は思っています。
「プラス思考」と反対の言葉に、「マイナス思考」があります。
僕は、「マイナス思考」こそが、人間にとっては、デフォルトなもの、つまり、遺伝子に組み込まれた、脳の基本設計ではないかと考えています。
太古、人間がまだ、誕生して間もなく、道具を持たない存在だった頃、周囲の肉食動物は大変な脅威だったはずです。
今日を生き抜き、明日が迎えられるか、森の奥から聞こえてくる獣の鳴き声に震えながら、不安な夜を過ごしていたに違いありません。
赤々と燃える火だけが身を守ってくれる唯一のものだったでしょう。
原始時代、人類が抱いていた、明日への不安におののく気持ちは、今も、私たちのDNAの中にしっかりと組み込まれているはずです。
自分は失敗するのではないか？自分の未来は不幸なのではないか？そう考え不安になるのが、人として自然だと僕は思うのです。
だからこそ、「プラス思考」と言う、その不安を乗り越える手段を、人は考え出したのではないでしょうか。
それは、未来への不安から逃れるために、人が、「縁起を担ぐ」、「験を担ぐ」と言う手段を考え出したのと、よく似ています。
「験を担ぐ」と「縁起強迫」
「プラス思考」と「マイナス思考」
これら二つの組み合わせは、実は、それぞれが独立して、互いに照合しています。
「不安な未来」と言う存在に、一方から光を当てると、「験を担ぐ」「プラス思考」と言う、明るい半分が照らし出されます。
しかし、別な方向から、光を当てると、今度は、「縁起強迫」「マイナス思考」と言う、暗い影に覆われた、別の半分が浮かび上がるのです。
こうして考えると、「プラス思考」と「マイナス思考」は、表裏一体のものと言えそうです。
未来への不安をどう捉えるか、ただ、光の当て方が違っているだけです。
心の病を抱えていると、うつ病の人だけに限らず、心は自然と負の方向へ傾きます。
そんな「負の感情」は、「マイナス思考」の親戚のようなものです。
「マイナス思考」が、光の当て方の一つに過ぎないと考えれば、「負の感情」もまた、一つの光の当て方に過ぎません。
「負の感情」に囚われてしまい身動き取れないとき、ほんの少しだけ、光の当て方を変えれば、すなわち、視点をずらしてみれば、心の奥底に、「光ある方へ歩みたいと言う、正の感情」が、すでに微かにあることに、きっと気が付くはずです。
そんな風に考える僕は、やっぱり、楽観的な、「おきらく者」なのかも知れませんね。
でも、そんな、おきらくさが、精神的に本当に追い詰められたとき、人を救うのもまた事実です。
心の半分は、「死」の方向へ向けながら、別の心の半分では、「明日、おいしいカツカレーを食べる楽しさ」のことを考えている。
僕は、そんな人間です。
正反対の気質が、心の中でせめぎ合っている、矛盾だらけの人間です。
しかし、そんな、「複雑なおきらくさ」が、これまで、僕を、「死への誘惑」から守ってくれてきたような気がします。
強いこと。純粋であること。真っ直ぐであること。汚れていないこと。
それらは、どこか、人の体温や息づかいと言った、生身の人間特有の味わいに欠けた美徳のように僕には感じられてなりません。
人間は弱くていい。ねじ曲がっていていい。汚れていていい。
そのことを自覚していて、ほんの少しだけ、前向きな気持ちを持っていたら、それくらいでいいんじゃないか。
最近、僕は、そう考えています。
ホームページを起ち上げてから、早くも三ヶ月が過ぎました。
それまで、ウェブ知識が全くなかった僕は、参考書を頼りに独学でサイトを作ってきたのですか、その中で、ちょっと面白い発見をしました。
ウェブの文章は、現在、多くが、HTMLと言う言語に沿って書かれています。
一つの言葉や文章に、それは、こういう意味ですよと言う説明を付けてあげることで、その文章は、ウェブ上で正しく表現されます。
<文><閉じる文> とあれば、その間に挟まっているのは、一連の続いた文章ですよ、と言う意味です。
<文>僕は強迫性障害です。<閉じる文>
こう記述すると、「僕は強迫性障害です」と言う文章がサイト上に表示されます。
さらに、<強調><閉じる強調> で、文章を挟めば、その間の文章が強調文字になります。
<文>僕は<強調>強迫性障害<閉じる強調>です。<閉じる文>
こうすれば、「強迫性障害」が強調されます。
実は、HTMLは、英語なのですが、そのまま、英語やスラッシュ記号を使って、元の文章を書くと、ウェブ上で、それがそのまま反映してしまい表現されないので、無理矢理、日本語にしています。文は「p」、閉じるは「/」、強調は「strong」です。
実際、正しく英語と記号を使って記述すると、こうなります。
僕は強迫性障害です。
「強迫性障害」の部分が赤くなっているのは、その言葉を強調する指定をすると、サイトのすべてのページにおいて、強調文字は赤い色になるように、取り決められているからです。
そうでなければ、一つ一つの言葉を強調する度に、どのような色にするか、その都度、決まった文法に沿って指定しなくてはなりません。
強調文字だけでなく、タイトルに相応しい大きな文字は何色か、普通の文章の文字は何色か、ページの背景色は何色か、等、ウェブ上におけるデザインすべてが、全ページ共通でウェブ上に表現されるよう、一括して取り決められているのです。
それが、「スタイルシート」と言う概念です。
つまり、サイトのデザインを一括して管理している、影の司令塔のようなものです。
この司令塔で、一つデザインを決めておけば、サイト中の何百もの個所において、同じパターンを反映させることが出来ます。
「スタイルシート」には、ほとんどが「CSS」と呼ばれる言語が使われています。
「HTML」でウェブのページの文章を作り、「CSS」で、デザインを統一し管理する。
それが、現在のホームページ作成の基本と言っていいでしょう。
勿論、僕もその基本に沿って、必要最小限の知識で、このサイトを制作しています。
現実には、ぼんやりとしか分からないまま、体当たりで実践しているというのが正直なところですが。
なぜ、こんな小難しいことが、OCDの症状をやり過ごすことと関係あるか不思議に思われるでしょう。
順を追って、説明してみますね。
数々の確認強迫に対処するために、最初に、僕が考え出したのが、「確認の判子」を押す、と言うことです。
東京で一人暮らしをしていたとき、出かける前に、ガスの元栓を閉めたとき、元栓を閉めた後、「よし、元栓を閉めた。確かめた！」
「確かめた」そう心の中で、言って、「確認の判子」を押すのです。
アパートから出た後、当然、元栓を閉めたかどうか、不安になります。
それ以前は、自分が元栓を閉めた記憶を再現して確かめていました。
しかし、それでは、その記憶は、もしかしたら、昨日のものかも知れない、あるいは、その
記憶は、自分が今、勝手に作っているのかも知れない、そんな思いがふと浮かんで来て、先程の、元栓を閉めた記憶がぼやけて不確かなものになって行き、再び、部屋に戻り、元栓を確かめることになるのでした。
そこでいつからか、確認行為をした後、「確かめた」そう胸の中で呟くようになったのです。
そうしておけば、ガスの元栓を閉めた行動を再現する必要はなく、「確かめた、と言う言葉を言った」そのことだけを思い出すだけで、元栓を閉めたことを、自身に納得させることが出来るのです。
ちょうど、読み終わった書類に「確認済み」の判子をドンと押す感じで、その「確認済み」の文字を読みさえすれば、書類の中身を思い出さなくても、つまり、何ページのあの個所を読んだかどうか、そうした記憶を手繰らなくても、書類の中身を一通り読んだと自分に言い聞かせられ、次の作業に移れるようなものです。
こうして、一つ一つの行為を終えた後、「確かめた」そう心の中で呟き、「確認の判子」を押す日々が始まりました。
郵便を出すときは、かなり面倒です。
相手の郵便番号、住所、氏名、「様」が付いているか、そして、差出人の自分の場合、同じく、郵便番号、住所、氏名、「様」が付いていないか。そこまで一連の流れで確かめたら「確かめた」
封書の場合は、切手の値段が合っているか、上下逆さまになっていないか、封筒をしっかり閉じているか、それらも加わります。
それから、郵便を出して相手に届き、相手が読んで、僕に返事が書けるかどうかを、シミュレーションします。大丈夫と確認したら「確かめた」
それから、ポストに入れに行くとき、家を出る前に、実際に手に持っている郵便物が合っているか「確かめた」
そして、ポストに投函する前に、今、持っている郵便物が間違いないか「確かめた」
投函してから、途中で引っかかっていないか、手を入れて投函口をなぞり、ポストの下の地面に郵便が落ちていないかどうか？これらの行為を終えて、ようやく、最後の「確かめた」の「確認の判子」を押して、郵便を出すという作業は完了です。
ただ、郵便を出すと言う作業は、人付き合いのあまりない僕にとってはあまり回数が多くなかったので助かりました。
更に、インターネットをするようになってからは、ユーザー登録などもメールで済ませるようになり、自動的に、登録完了の返信が来るし、自分が出したメールの宛名、内容も、送信済みアイテムを見れば確かめられるし、かなり気が楽になりました。
この「確認の判子」を押すという、確認強迫に対処する方法は、いつしか、僕の日常的習慣になっていったのです。
一日が終わり、午後八時が過ぎて郵便屋さんがもう今日は来ないと思われる時刻に、郵便受けを確認するのは日課ですが、これは、一日一回の作業です。長時間、外出することも、ゴスペルの練習以外ほとんどないので、出掛ける前、部屋の中のもろもろの気になることを確認するのも、そう多いことではありません。
ところが、ある厄介な強迫観念が、数年前から、新たに僕を脅かし始めたのです。
それは、床屋さんでの、何気ない理容師さんとのやり取りがきっかけでした。
僕は、散髪中、会話をすると神経を使い疲れるので、あまり話さないのですが、たまたまその時、雑談していて、スキーの話題になって、理容師さんが言ったのです。
「この間、スキーに行ったとき、濡れたスキー靴をストーブの近くで乾かしていたら、ストーブの熱で靴の先が溶けちゃったんですよ」
それを聞いて、「ストーブの熱は怖い」そのイメージが突如、脳裏に沸き起こり、しっかりと刻み込まれてしまったのです。
それからというもの、買い物をして帰ってきて、その商品を置くとき、ストーブの側から、ちゃんと距離が離れているか、そのことを確認するようになってしまいました。
食料品などは別に気にならないのですが、パソコン、デジカメ、周辺機器、CDなどのメディア、それに、本、絵画用品等々、僕がこだわりを持っているすべてのものに関して、買って帰ってきて、取り敢えず置く場所から、本体を据え付ける場所、商品が入っていた空き箱を置く場所、保証書を置く場所に至るまで、すべて、ストーブの熱に晒されない一定の距離を置いた場所であることを確認せずにはならなくなったのです。
たとえ、ストーブが消えている時でも、いつ、ストーブに点火するか分からないから、場所は、それに備えて、ストーブから離れた場所でなくてはなりません。
さすがに、ストーブの点火装置の元電源を切ってしまう夏になると、その強迫観念は、薄らぐのですが、すでに、儀式化してしまっているので、やはり、置く場所の確認は欠かせませんでした。
一日が終わった後の郵便受けの確認、それらは、一日、一回で確認の判子を押せばいいのですが、買い物となると、そうは行きません。
食品などの消耗品以外の買い物は、すべて置く場所を確認しなければならないのです。それは、道具から、衣料品にまで及んで行きました。
置いてすぐに、「ストーブから離れている」そう「確認の判子」を心の中で押さなくてはなりません。
置いてから、うっかりして、「確認の判子」を押すまでに、少しでも時間が経ってしまうと、その間に、ストーブの火の熱で傷んでしまったのではないかと不安になるのです。
今、置いてある場所が、ストーブと離れた場所だったとしても、もしかしたら、最初に、ストーブの側に置いたのを移動させて、今の位置にあるのではないか？
移動させたのを自分は忘れてしまっているのではないか？だから、もう、その商品は、ストーブの熱を浴びてしまっているのではないか？
そんな不安が次々と頭をもたげ、まさに、OCDの地獄に嵌り込みました。
しかし、ある時、ふと思ったのです。
これだけ、ストーブの火を怖れているのだから、買ってきた物を置いたとき、僕は、「確認の判子」を無意識のうちに押しているはずだ。
「確認の判子」を押し忘れたと不安になった時も、僕はきっと無意識のうちに「確認の判子」を押しているに違いない。
そうしたイメージが浮かぶときこそ、OCDの霧がわずかに晴れ間を見せたときなのでしょう。
一番、最初に、「買ってきたものは、ストーブから離れた場所に置く」と言う、言わば、行動のデザインを設定しておけば、それから後の、すべての同じ状況において、僕は無意識に同じ行動を取る。
これは、「スタイルシート」が、ウェブ上のデザインを一括管理しているのと、よく似たイメージです。
言ってみれば、確認強迫の強力さを逆手にとって、その影響力を、強迫観念を和らげるのに利用してやる訳です。
この考え方は、以前、このコーナーで書いた、「確認フィルターを増やす」と言う考えに共通するものがあるように思えます。
僕は、ボクシングファンなので、ボクシングの試合に例えてみましょう。
OCDと言う、タフで粘り強いハードパンチャーと、リングで戦うのに、相手の得意な中間距離で戦うのは、最も愚策です。
「強迫観念はもうやめた」そう力んで、大振りのパンチを打とうものなら、たちまち、強烈なカウンターパンチを食らうことは必定です。
かといって、相手のパンチが絶対届かない距離で、逃げ回っているばかりでは、勝利の糸口は掴めません。
思い切って、相手の懐に飛び込んでみること。そこにチャンスがあります。
立ちこめていたOCDの霧が、ふっと晴れる瞬間は必ずやって来ます。
相手に懐に飛び込まれ密着されると、OCDは、その長いリーチが邪魔になり、強いパンチを打つことが出来ません。
その間、やるべきことは、小刻みなボディーブローを飽くことなく打ち込むことです。
どんなに軽いパンチでも、何度も下からえぐり込むように打ち込み続ければ、OCDは、嫌気がさして、身体を自ら離します。
OCDのボクサーとしての大きな欠点は、相手に合わせたボクシングをしてしまうと言うことです。自分の得意な、真っ向勝負の相手には無類に強いものの、頭脳的な技巧派の相手には、つい合わせてしまい、意外な脆さをさらけ出します。
OCDは、確かに難敵です。しかし、怖れすぎてもいけない。気長に、自分のペースに持ち込み、手なずけ飼い慣らす。
どんな対処法についても、それが、常に基本だと僕は思っています。
今は、かなり良くなりましたが、僕には対人恐怖があります。
僕の対人恐怖の元は、一体、何だろう？
そう考えてみると、一つには、自分の人間としての、特に、男性としての自信のなさが挙げられます。
幼い頃にOCDを発症した僕は、勿論、それが病気だとは知らず、自分の性格だと思い込んで育ちました。
当然、この病気の特徴として、小さな事が気になり、くよくよ悩みます。
周囲の誰も、この病気を知りませんから、僕を「男らしくない」「芯が通っていない」そのように言いました。
更に、小児喘息で、運動をほとんど許されなかった僕は、スポーツが全く駄目な肥満児になっていました。
小学校高学年辺りから、自意識が芽生え始めると、ああ、僕は男らしくない、かっこ悪い男なんだなあ、女の子にもてる訳ないや、そんな気持ちが、僕を暗く覆い始めました。
武者小路実篤の「友情」などを読んだりしたものだから、内向的で肉体も容姿も劣った男は、明るく男性的なスポーツマンには、女性との恋愛に関しては絶対に適わない。そう思い込んでしまいました。
最近は、女性は、遺伝子レベルで、無意識のうちに、強く生存能力の高い遺伝子を持つ男性を求める、そんな本が売れたりしているようです。
それじゃ、ますます、僕のような、運動能力の低い、ムーミン似の顔と身体を持つ、気弱な男は生きている意味がなさそうです。あんまりだ！
しかし、どうやら、人間というものは、それほど単純じゃないようです。ああ、良かった。
男性芸能人を見ても、昔なら、火野正平、古いなあ、最近では、小池徹平と言った、男っぽさとは反対の、母性本能をくすぐるタイプの、モテ俳優がいます。
海外に目を向ければ、ジェームズ・ディーンなどは、どう考えても、生存能力に優れた強い遺伝子を持っていたようには思えません。
実際、自殺に近い、無謀運転で彼は若くして死んでしまいました。
しかし、思いこみの激しい、思春期の少年にとって、一度張り付いてしまった、こうしたコンプレックスは、なかなか剥がれてはくれません。
この永遠とも言える、異性に対するコンプレックスに悩むのは、女性も同じでしょう。
ファッション誌は、モデル体型、ヤセ体型こそ、男性に好かれる第一条件のように盛んに書き立てているけれど、実際は、男性の好みはまちまちで、ぽっちゃりは勿論、むしろ太めが好きと言う男性は結構多いのです。
ファッション業界、ダイエット業界の陰謀に乗せられたらだめだよ、おねえさん。
そのくらいの体型がちょうど色っぽくていいんだから。
若い男の子は恥ずかしくて言えないだろうから、スケベな中年の僕が代わりに言ってあげるよ。
さて、話を元に戻すと、男らしくない僕は、自信のなさから、女性は無論のこと、男性も含めてすべての人と話せなくなりました。
そして、たまに、話したときも、ちょっとした相手の言葉に傷付くようになってしまいました。
言葉に対して敏感になったのは、やはり、人と話す回数が少ないからでしょう。
ボクシングのジャブのように、他愛ない言葉をいくつも交えてから本題に入る、そうしたことが僕には出来ませんでした。
挨拶や天気のこと、健康や仕事の調子など、そうした会話の中から、自然な流れで、個人的な話題に入って行くという、社会人としての会話のスキルを、僕は持っていなかったのです。
特に、苦手なのが、数人での雑談でした。言葉がポンポンとキャッチボールのように僕の上を飛び交っている中で、いつ、どこから、参加していいのか分からず、戸惑うばかりでした。自分が黙っていると、雰囲気を壊し、みんなが気分を害するのではないかと、余計な心配まで浮かんできて、顔にじっとりと脂汗が滲んでくるのでした。
また、他人との数少ない会話で傷付くことの多かった僕は、逆に、僕も、そうした言葉で人を傷付けるのではないか？その思いに囚われるようになりました。
自分が傷付くのは、自分ではっきり意識できるからいい。
人を傷付けてしまったら、それを確かめる術はないのだ。
相手は、傷付いても悟られないよう笑顔でごまかすかも知れません。
そして、そうした気遣いを持っている人ほど、僕は大切に思うので、絶対傷付けることは出来ないのです。
結局、自分が好意を持つ人ほど、目の前にすると話せなくなってしまいました。
親しい友人のように、相手との間の壁がすでに崩れていて、「あの時は、あんなつもりで言ったんじゃないからね」後で、気軽にそう釈明出来れば問題はありません。
しかし、それほど親しくない人、あるいは、一度会っただけで、もう再び会うことのない人、そうした人達を傷付けてしまったら、相手が傷付いたかを確かめることは出来ないし、僕の真意を伝え訂正することも出来ません。
相手が自分に何か話しかけてくれたとき、たまたまぼんやり考え事をしていて、話の内容が分からなかったのに、「うん」と生返事をしてしまうことがあります。皆さんも、きっとあると思います。
そんな時、僕は、こう考えるのです。
もしかして、相手が否定的なこと、例えば、「私って、自分勝手だよね」とか「僕もまだまだ勉強不足だな」などと言ったのだったら、どうしよう？
うなずいて肯定し、相手を傷付けてしまった。取り返しの付かないことをしてしまったかも知れない。
そんな不安な思いでいっぱいになりました。
そうした緊張感が、僕の会話をますます堅いものにして、僕の対人恐怖は悪化して行きました。
また、対人恐怖の一つだと思うのですが、僕には、電話に対する強い恐怖があります。
いつから電話が怖くなったのか、はっきりとは分かりません。
家族以外の人間に電話するようになってからと言う事だけは確かですから、高校を卒業し上京してからだと思います。
高校までは、電話と言えば、下宿先から家に電話するくらいでした。
高校生のほとんどが携帯電話を持っている現代から見ると信じられないような話ですよね。
上京しても、かなり長くの間、僕のアパートの部屋には電話はありませんでした。
電話を掛けるときは、公衆電話を利用していました。
僕が電話を掛ける機会と言えば、合唱だったり、演劇だったり、ボランティアだったり、そのようなサークルについて、主催者への問い合わせが多かった気がします。
まず、夜、電話ボックスに出かける。そこから、プレッシャーがかかり始めます。
実際は、相手が電話で話すのに相応しい時刻、家にいて、尚かつ、くつろいでいて暇な時刻を待つ辺りから、プレッシャーは始まっているのですが。
電話ボックスに行っても、先客がいる場合も多く、そんな時は当然、別なボックスを捜します。
ボックスに入り、当時はダイヤル式だったダイヤルを回す間の緊張感。
繋がっても、呼び出し音が鳴っているばかりで留守らしい場合、十回呼び出し音が鳴ってから留守と判断し受話器を置きます。
アパートに戻り、しばらく時間を潰すのですが、次に掛ける頃合いを考えるのも気が疲れます。
そんな苦労のあげく、やっと繋がっても、大家さんが出て、
「―さんは、今出かけていて留守ですよ」そんな答えが返ってくることもあり、
「何時頃、帰られますか？」
「さあ、分かりませんね。伝言してあげますから、そちらの電話番号を教えてくれますか？」
「あ、いえ、電話がないので。また、今度、電話してみます」
そんな感じになることも多かったのです。
なぜ、これほど、僕が電話を掛けることにプレッシャーを感じるかと考えると、一つには、こちらからは見えない、相手のプライバシー空間に無断で侵入して行く、そんな感覚が僕を萎縮させるからのようです。
ですから、相手の家の間取りや電話の置いてある場所が分かっている友人などの場合は、緊張しません。
初めて掛ける相手だったり、普段は会うことがあっても、家の中や私生活のパターンを知らない人の場合、本当に緊張するのです。
相手が電話に出て話していても、テレビの音が小さく聞こえていたら、今、面白いテレビを観ているところに掛けてしまって、相手は嫌々ながら話しているのではないか？
そう考えてしまいます。
更に、他に用事を控えて本当は気もそぞろに話しているのではないか？
などなど色んな事を考えてしまいます。
無論、相手が受話器に出たとき、「今、話してもいいですか？時間大丈夫ですか？」と確認はするのですが、「ごめん。今、週一回楽しみにしているテレビ観ているから、後にしてくれる？」そうした言葉は、余程親しい関係でないと言えないことなので、やはり、相手は、無理して僕の相手をしているかも知れないと不安な気持ちになるのです。
こうした不安の背景には、僕の家族、特に、母親と亡くなった祖母が電話で相手と話している場面が焼き付いているからかも知れません。
母は、結構、友人から長電話がかかってくることが多いのです。
一時間近くも愛想良く相鎚を打ちながら聞いているのですが、話が終わり、受話器を置いた途端、「全く、もう。長電話なんだから」と苦々しく言ったりします。
亡くなった祖母もまた、祖父と口論して苛立っているときも、電話がかかってくると、「はい、―でございます。あら、―さん！久し振り！」などと、十歳ぐらい若返ったような明るい声で話していました。声が一オクターブ上がったんじゃないかと思うくらい。
僕は、電話で人の心を判断するのって難しいな、と子供心に思ったものでした。
まあ、今では、それも、大人の社会人としての礼儀なのかなと理解は出来るのですが。
今は、電話に対する恐怖感も大分薄らぎました。
その理由の一つは、携帯電話です。
僕も、世間とはかなり遅れてですが、携帯を持ちました。パソコン歴に比べると僕の携帯歴は浅いものです。
携帯は、まず、個人に電話するのが基本です。取り次ぎという、一つの障壁がすでに取り除かれています。
また、携帯と言うくらいですから、外で持ち歩くことを前提に使われます。
だから、相手が都合の悪いことも多いのです。仕事で、取引先へ急ぐ途中だったり、喫茶店で、人とお喋り中だったりと、「今、都合悪いから、後でかけてくれる？」そう言う機会も多いのです。
僕が携帯で相手に電話をかけて、相手が都合が悪ければ、「後でかけてくれる？」正直にそう言ってくれるはずです。
もし仮に、「後でかけてくれる？」と言う、その言葉を聞いて、もしかして僕と話したくないのかも、一瞬、そう思っても、いや、きっと、実際、今、話す時間がないのだろうと納得し易いのです。
身近にある携帯の着信音を聞き、相手は携帯を手に取るわけですから、直接、相手に声を届けることになります。
だから、そこが、家の中だろうと、外だろうと、相手のプライバシー空間にいきなり侵入すると言う実感を味わわずにすむのです。何しろ、プライバシーそのものに触れるのですから。僕にとって、それは、とても大きなことです。
もう一つ、僕が電話をそれほど怖れなくなった理由は、やはり、人と面と向かって実際に話す機会が多くなったからに違いありません。
顔を合わせて話していても、ちょっとした言葉の行き違いで誤解を生むことはあるし、相手の会話が聞き取れず、不安になることもあります。自分の言った言葉が相手に聞こえなくて、無視されたと勘違いすることだってあります。
顔を合わせて話してもそうなのですから、顔の見えない声だけの、電話と言う、コミュニケーション手段では、意思の疎通がそう上手く計れるはずがありません。
言葉の行き違いや会話が擦れ違うくらいで当たり前のような気がします。勿論、事務的な用を足すだけなら別ですが。
そう考えると、電話での会話の途中の「間」もさほど怖くなくなりました。
以前なら、何か相手の不愉快になることを言ったのでは？と不安になることも多かったのですが、普段、顔を合わせての会話でも、相応しい言葉を探して考え込みなかなか言葉が出てこないことはあるのですから、それほど、不思議なことではないのです。
顔を合わせて話す経験を重ねることで、電話での会話の中で、顔の見えない相手の言葉のニュアンスを読み取ることに少し慣れたのかな、そう思っています。
携帯の話から、少し話は飛躍しますが、最近、話題になっている、携帯サイト、特に、学校裏サイトの問題にも、ちょっと触れてみたいと思います。
携帯を使うようになって分かったことの一つに、メールの文章が紋切り型になりやすいということが挙げられます。
パソコンのキーボードと比べて文章が打ちづらいので、どうしても文章自体が短くなります。
また、僕の機種だけではないと思いますが、一つの言葉を入力し終えると、次に続く言葉が、候補としていくつか表示されます。
「それでは」と入力すると、過去に入力した文章の学習結果として、「また」「よろしく」「元気で」などと言う言葉が候補として表示される訳です。
改めて、入力しなくていいので便利な面はありますが、これが、曲者だと僕は思っています。
急いでいるとき、体調が悪く頭がぼんやりしているときなど、つい、僕も、これに頼り、
「それでは、また」などと文章を締めくくったりしてしまいます。
本当は、「それでは、今度会えるのを楽しみにしています」とか、「それでは、どうか、体調に気をつけて」などと書きたい気持ちがあるのに、です。
たぶん、学校裏サイトに、いじめの言葉を書き込んでいる子供達の携帯の中には、「ウザ」
「キモ」「死ね」などと言う言葉が山のように登録されているのでしょう。
「おまえ、キモいんだよ」その後に、何か、書き込もうと思っても、惰性のように、あるいは、反射的に、「死ね」と言う言葉を、候補から選んでしまっているのかも知れません。
もしかしたら、もっと違う言葉が、彼の、彼女の頭の中に浮かびかけているのかも知れないと考える僕は甘いのでしょうか？
「おまえ、キモいんだよ、どうして、みんなからそう思われているか分かるか？」
「おまえ、キモいんだよ、でも、おまえのことをそう言ってる奴らも、俺からすりゃ、十分キモいけど」
「おまえ、キモいんだよ
、まあ、俺もそう言われてるけどな。おまえ以上にキモいかも。いや、それ以下か（笑）」
サイトを立ち上げてからもうすぐ半年を迎えようとしています。
これまで、OCDと長く付き合ってきたので、それなりに、知識も対処法も身に付けてきたと言う、ささやかな自負のようなものが僕にはありました。
そうした経験をさらけ出すことで、おこがましくも、今、OCDの苦しみの渦のまっただ中にいる人達の役に立てれば、そんな思いで自身の経験を書いてきました。
このサイトの掲示板に書き込んで下さった方たち、また、僕にメールを下さった方たちの話を聞き、更に、サイトを運営する上で参考になればと、OCDに関する、色々なホームページやブログなどを読んでみて、分かったことがあります。
一つは、僕のOCDは、かなり特殊なものであると言うこと。
もう一つは、僕が経験していないOCDの症状で苦しんでいる人達が実に多いと言うことです。
この二つのことを知りました。
今回は、僕のOCDの特殊な点について、書いてみようと思います。
エッセイのコーナーでも書きましたが、僕が最初にOCDを発症したのは、幼稚園時代という、非常に早い時期です。
OCDで現在苦しんでいる人達には、幼少時から神経質な性格だったり、両親の躾が厳格だったりと、共通項のようなものがあるように、僕には思えます。
しかし、僕のように、ごく幼少時に、OCD初体験をしている人はやはり少ないようです。
中学、高校時代と言う、思春期に初めて経験した人が多いように思えます。
更には、大人になってから、きっかけがあって症状が現れたという人もいるようです。
生まれつき障害を持って生まれて来る人がいます。
また、健常者としての人生を送った後に、障害者となる人もいます。
おのずから、対処の方法、考え方、生き方、それぞれ異なってくると思われます。
それは、精神疾患においても同じでしょう。
大抵の精神疾患は、思春期などに発症したり、更に後になって、仕事や家庭の事情から発症したりするようです。
発達障害の場合は、生まれつきであるために、また事情が違うようです。
僕のように、ほとんど生まれたときから、OCDと共に生きてきた人間のプラスの面とマイナスの面について考えてみたいと思います。
まず、生まれて間もない時期にOCDが発症したことのプラスという面から考えてみます。
僕は、OCDでなかった期間がなかったため、あの頃は何の障害も感じることなく出来たのに、なぜ、今は、こんな馬鹿げたことで辛い思いをするのだろう、あの頃に戻りたい、そう言う思いがないのです。
だから、現在の状況を受け入れやすいと言えます。
一方、マイナス面は、これはプラス面との表裏一体なのですが、普通の状態を経験していなかったため、本来の自分にとって、どの程度が普通なのか？それが分からないのです。
僕は、買い物をする際、商品をカウンターのレジの所に持って行き代金を払い、包装された商品を取り上げるとき、カウンターに何か残っていないか、ほとんど無意識のうちに確認しています。
商品に付属していた何か、例えば、本なら、間に挟まっている別冊付録、電気製品なら、箱に貼られている保証書、更に、使用したその店のポイントカード等々。
それらが残っていないか確認することは、何十年もの間の、僕の日常的な習慣とも言えるもので、確認行為を超えた、自然な振る舞いなのです。
この間、改めて、母に、「そうしたことしない？」と訊ねたら、「そんなことしたことない。考えたこともない」そう答えました。
なるほど。それが、一般的なのか。
でも、僕には、やはり、自分の行っている行為が、それほど異常とは思えないのですけどね。
もし、僕が人生の途中で、OCDを発症していたら、OCDになる前の自分と比較して、僕のこの確認行為が異常なのかどうかが分かるのでしょう。
しかし、それが分かったからと言って、どれほど意味があるのかな？そうも思うのです。
OCDになるくらいだから、元来、神経質な性格なのだろうし、そんな性格なら、OCDになる前から、その程度の確認をしていた気もします。
神経質な人間のちょっとした癖。そんな程度じゃなかったのかな。
僕は、その他にも、色んな習慣を持っています。
食堂に入る前、必ず、ズボンのお尻のポケットを押さえて、財布が入っているか確認します。
それから、買った新しい服を最初に着て出かけるとき、すべてのポケットに何か入っていないか確認します。替えのボタンや引っ掻き傷を繕うための同色の布地が入っていたりすることも結構あります。
こうした習慣は、決して特殊なものではないように僕には思えます。神経質な人なら心当たりがあるのではないでしょうか。
その反面、明らかに、OCDによる、異常な脳の命令によって行っているのだろうと確信できる確認もあります。
例えば、インターネットで調べ忘れたものがあって、パソコンの電源を再び入れるとき、明らかにしばらく時間が経っているのに、十秒間、時計の秒針を眺めて確認してから電源を入れること。
それから、郵便を投函した後、差し出し口に手を入れて郵便物が引っかかっていないか確認し、それから、郵便が地面に落ちていないか確かめること。これも、普通人から見れば、かなり常軌を逸した行動に見えるに違いありません。
ただし、投函するまでに、住所や宛名が間違っていないか、一度くらい確認するのは、決して異常ではないはずです。
このように、僕は、普通の感覚とOCDによる強迫観念を、ある程度、推測出来ます。
状態の悪かったときは、それが出来ませんでした。自分の囚われていることがすべてで、それをOCDでない、第三者が見たらどう思うか？そこまで考える余裕がなかったのです。
こうした「第三者の視点」をいつから、なぜ、持てるようになったか、それは、僕にもはっきりとは分かりません。
薬を服用している内に、脳が普通人に近い働きをするようになったのかも知れません。あるいは、OCD症状を経験する中で、乗り越えることが出来た事例から、僕なりに学んだのかも知れません。
この「第三者の視点」で、自分の強迫観念を観察出来ると、パニックにならずにすみ、落ち着いて強迫観念に取り組めます。
ただし、これは、第三者の視点が、これは、OCDによる強迫観念ですよと指摘してくれて、「はい、そうですか。分かりました。じゃあ、気にしません」となると言う事ではありません。
OCDは、そんなに、甘いものではありません。
分かっていても気になるのです。
しかし、それでも、パニックになった頭で考えるのと、これはOCDによる間違った認識だと理解した上で考えるのとでは、大きな違いです。
普通とOCDとの境目は、人により、皆それぞれ違い、かなり広いグレーゾーンなのだと僕は思っています。
そのグレーゾーンから少々外れていても気にしないことです。
仮に、グレーゾーンからOCDの方向に逸れていたとしても、それは、「かなり神経質」と言い換えることが出来るのですから。
僕は、最近こう思っています。
OCDでない、本当の僕なんていない。
生まれ持った素質と、育った環境と、人生における色んな偶然と、そして、OCDの体験が、今の僕を作り上げたのだと。
それこそが、本当の自分だと思っています。
そして、その「本当の自分」は、これから、「変わり続けて行く自分」でもあるのだと、僕は思っているのです。
僕が入院していた頃、OCDの投薬以外の治療法と言えば、「暴露療法」一点張りだった感があります。
ここ数年は、「認知療法」あるいは、「認知行動療法」が大きく取り上げられるようになりました。
僕も勉強不足でよく分からず、調べてみたのですが、「暴露療法」は、いくつもある「行動療法」のうちの、一つの療法と言うことです。
しかし、OCDの治療に関して有効な「行動療法」は、「暴露療法」なので、最近は、「暴露療法」を「行動療法」と呼んでいるようです。
「暴露」と言う呼び方が喚起する、恐怖感を煽りかねないイメージのせいかも知れません。
これは、あくまでも僕の推測ですが。
「暴露療法」は、「曝露療法」と表記されたり、「曝露反応妨害法」「エクスポージャー」などと呼ばれたりもしますが、いずれも同じものです。
一方、「認知療法」と「認知行動療法」とは、どう違うのか？と言うことになります。
結論を言うと、「認知療法」プラス「行動療法」が、「認知行動療法」なのです。
これは、従来の呼び方で言うと、「認知療法」プラス「暴露療法」と言うことになります。
最近、この「認知行動療法」と言う呼び方が主流になったのは、患者の心理に対して行われる「認知療法」と行動に関して行われる「行動療法」が切り離せないもので、二つの療法を連携して行うことで、より高い治療効果が得られることが分かったからです。
今回は、分かりやすく、従来のように、「暴露療法」と「認知療法」、この二つに分けて、僕なりの考えを書いてみようと思います。
「暴露療法」にしろ「認知療法」にしろ、こうした専門的な治療を、現在、患者に行える医師は少ないと言われています。
専門的な知識は勿論、豊富な患者への治療体験によって得られるノウハウが必要だからです。
しかし、OCD患者のほとんどが、一度は、これらの療法を経験しているはずだ。
僕がそう言ったら、皆さん、驚かれるでしょう。
挫折したにせよ、ある程度、病歴が長いOCD患者は皆、一度は、これらの療法を無意識に試みていると僕は思っているのです。
確認強迫の方なら、一度は、こう思ったことはあるはずです。
もうこんな確認だらけの窮屈な生活は嫌だ！確認は、これから一回だけにするぞ！
でも、結果は、たぶん、こうだったはずです。
一回確認した後、もう一回確認したくなるのをじっと我慢したあげく、我慢できずに確認し、ああ、やっぱり駄目だ。僕は、何て意志が弱いのだろう。
これでは、一生、この病気から逃れられない。諦めるしかないんだなあ。
そんな絶望感に襲われませんでしたか？
これは、暴露療法を、無意識のうちに自己流でやり、失敗したと言えます。
また、不潔恐怖の人なら、こんなことを考えたことはないでしょうか？
スーパーで買い物を終えた後、千円札を財布に入れるとき、床に落としてしまった。多くの人が汚れた足で歩いている床の上に。
私は、どうしてもその汚れてしまったお札を拾えない。もし、拾って財布に入れたとしても、お札に付いたバイ菌が、財布の中の他のお札にも移ってしまい、すべてのお札が使えなくなってしまう。それで、お札を拾わず、泣く泣く床に置いてきた。
家に帰ってきて、何て自分は変なのだろう？改めて思う。
あの千円札は、たくさんの人の手を経て私の所へやって来たのだ。造幣局で印刷された後、無菌ケースに収められてやって来た訳じゃない。
中には、トイレで用を足した後、手を洗わずに、あのお札を掴んだ人もいたかも知れない。
あるいは、お札を数えるとき、おやじが、指を舌で舐め舐め数えたから、お札の端っこに、おやじの粘っこい唾が付いているかも知れない。
だとしたら、何で、今更、私は、あのお札の清潔さにこだわるのだ。
おやじの唾と床の汚れ、大差ないじゃないか？と言うより、おやじの唾の方が汚い気がするんだけど。
理屈に合わない。だが、やっぱり駄目だ。どんなに理屈で納得しても、お札を床に落としたと言う不安は収まらないのだ。
やっぱり私は変だ。病気だ。一生、この病気からは逃れられない。
そう考えたことはありませんか？
これは、認知療法を知らないうちに取り入れて、不十分なまま、終えてしまったと言えるでしょう。
暴露療法と認知療法がどのようなものかは、「OCDの基礎知識」のコーナーの、「OCDの治療」の項に書いてあるので、そちらを参照しながら読んで貰えると有り難いです。
僕は、「認知療法」は勿論、「暴露療法」も、正式に受けたことはありません。
僕がお世話になっている入院は、地方の古い精神科で、僕が二人目のOCD患者だったくらいですから、主治医の先生も、当然、そうした治療法の経験もなく、僕は、カウンセリングと薬物療法だけで、これまでやって来ました。
現在も、僕と同じように、そうした最新の心理療法を受けられない患者さんが多いのではないでしょうか。
また、大都市の病院で新しい治療を受けている人でも、医師に、自分のために十分な時間を割いてもらっているとは限らないように思います。
しかし、先程述べたように、多くの人は、僕と同じように、自然と、暴露療法や認知療法を試みているのです。たとえ、その入り口までであっても。
僕は、「暴露療法」は、最初のうち試みて挫折してから、あまり試みたことはありません。
当時のOCDに関する本にも、この療法のことは、かなり詳しく載っていたのですが、段階的に、ハードルを上げて行くという、その辺りが、まどろっこしく、性に合わなかったのです。
どこか、我慢大会のような趣が、僕には、体育会系のような感じで違和感を覚えました。
その一方で、全く知識のなかったはずの「認知療法」を無意識のうちに行っていたのは、僕が、身体で覚えるより理屈で考えるタイプの人間だったかも知れません。
分かりやすい一例として、今、僕が抱えている症状を、「認知療法」の考えから検討してみようと思います。
僕は、パソコンを触る前に、必ず、丁寧に石鹸で手を洗うのですが、これは、認知という点からすると明らかにおかしいのです。つまり、認知に歪みがあるのです。
パソコンは精密な電子機器で、水など液体で濡らすことは厳禁です。今は、キーボードに耐水加工がされている機種も多いですが、それでも、コーヒーをこぼしてしまった！等という失敗談は良く聞くところです。
手を洗うと言うことは、当然、水を使います。すすいだ後、タオルで丁寧に水分を拭ったとしても、いくらかは、水滴が手に付いています。
果たして、そのわずかでも水分が付いている可能性のある手で、パソコンを触ることが、本当に、パソコンを大切にしていると言えるのか？大いに疑問です。
たとえ、埃や食べ物の汚れなどがほんの少し付いていても、乾いた手で触った方が、パソコンにとってはいいのではないか？僕も、実はそう考えているのです。
しかし、「手を洗う」と言う儀式は、すなわち、「手を綺麗にする」と言う本能的な安心感に直結していているので、この習慣を止めることは、難しいのです。
更に、手を洗ってから、チビを撫でたりしてパソコンに触れるのですから、何をか況や！です。
猫の毛は、パソコンのファンを止めてしまう原因のNo.1と言っていいものなのに、それは、全く、平気なのです。
こうした理屈に合わないと分かっていても、止められないのが、OCDの儀式的行為です。
今のところ、パソコンに触る前に、手を洗う行為は、それほど時間もかからず苦痛ではないので行っていますが、このように、自分の行為が理屈に合わない、歪んだ認知に基づいていると知っておくことは、決して無駄ではないと僕は思っています。
なぜなら、もしも、手を洗わずにパソコンに触ってしまったとき、「ああ、この方が、理屈にあったやり方なのだな」と考える余裕が持て、パニックに陥らないですむからです。
上手くすれば、それをきっかけに、パソコンに触れる前に手を洗うという儀式を止めることが出来るかも知れません。
「認知療法」のことを考えるとき、僕は、こんなイメージを浮かべています。
それは、打ち出しで作られる中華鍋です。
僕は料理を作るのが好きで、特に中華料理が得意です。中でも、チャーハン、八宝菜は自信があります。
勿論、うちにもテフロン加工のものですが、中華鍋があります。
「認知療法」を考えるとき、職人さんが小さなハンマーで叩いて、打ち出しの鉄製の中華鍋を作っている姿を思い浮かべるのです。
OCDの僕たちは、滑らかで完璧な曲線を持った中華鍋を、こうあって欲しい、この世の中の理想の状態と考えています。
しかし、実際の世の中は、どこかが凹んでいたり、傷があったりする、そんな中華鍋なのです。
多くの人は、調理に支障がないのだからそれで良しとしています。
でも、僕たちには気になるのです。ちょっとした凹みも傷も曇りも。
だとしたら、僕たちは、職人さんが手で打ち出して作る中華鍋を目指そうじゃないですか。
この世の中を、完璧な曲線ではないけれど、小さな無数の叩き後でかたどられた調理器具のようなものとして捉える。
トントンと小さく叩いて形を作って行けば、元々あった凹みも気にならなくなります。局面を作るには大変な手間がかかるはずです。最初は、歪んだ形の鉄板もしだいに、均等で滑らかな曲面を見せるようになります。
そうして出来た僕たちの中華鍋は、遠くから見ると、底は平らで縁は丸い曲線を描いているように見えるものの、近くで見ると、小さな凸凹だらけです。
熟練の職人さんじゃないのだから、ムラもあるし、一人一人形も微妙に違います。
しかし、無数の凸凹があることにより、熱伝導率が良く、尚かつ、熱を逃がさず油のなじみも良く焦げ付きにくい、と言う、調理器具としての素晴らしい長所を持っているのです。
コツコツ叩く仕事が、認知の歪みの修整の小さな積み重ね。
それを諦めず根気よく繰り返すことによって、脳がマッサージを受けるように、しだいに、理屈にあった正しいものの捉え方を学んで行く。
そうして、バージョンアップされた脳は、きっと、元々、正しく認知できる脳より、根気よく鍛えられているため、より深く物事の真実を見極められる、まさに、手作りの逸品になっているのではないか。
僕はそんな風に思うのです。
オートメーションで作られた、既製品の当たり障りのない認知より、修羅場をくぐって鍛えられた、より正確で深い認知。
僕ら、OCD患者は、「認知療法」によって、そんな豊かな視点を持てる可能性を秘めているように思えます。
最近、大麻汚染のニュースが世間を騒がせています。
アメリカ社会を、数年、後から追いかけるのが、日本の社会のパターンですから、今更、驚くには値しないのですが、大学生から主婦まで、こう、薬物の使用が広まっているのを見ると、さすがに考えてしまいます。
興味本位で吸ってみた。理由は、そんなところが多いようです。中学生の煙草じゃあるまいし。
辛い生活から必死に逃避しようとして、薬の誘惑に負ける人達なら、彼らの気持ちも分からなくはないけれど、あまりに安易な気持ちで薬に手を出されちゃあ、脳に作用する薬と長年に渡り親しく付き合って来た僕としては、一言、もの申したくなります。
脳に作用を及ぼす薬物を、遊び感覚で服用すると、怖ろしいツケが回ってくる。
このことだけは、ぜひとも、言っておきたいのです。
精神科の薬を飲んだことのある人なら、多くの人が、眠気、吐き気、痺れ、口の渇き、等、肉体的な副作用を感じたことがあると思います。
軽い精神安定剤でも、かなりの眠気を催します。僕が、通院するようになった初期に、飲んでいた安定剤も、強烈な眠気に襲われました。
セルシン、ホリゾン、と言った薬ですが、このために、僕は、車の運転を止めました。
効き方と同様に副作用にも、個人差があって、これから僕が語ることは、あくまでも、僕個人に現れた副作用であることは言うまでもありません。
ここで、僕は、長期間にわたって、飲み続けた、あるいは、飲み続けている薬の副作用について書きたいと思います。
脳に作用する薬の、最も、怖ろしい点は、脳そのものに影響する、つまり、思考や感情を、自分でコントロール出来なくなると言うことです。
それも、限界を超えると、自覚がなくなることが、一番、怖ろしい気がします。
肉体的な症状が現れたのなら、「あ、これは、薬の副作用かも知れないな」と知ることが出来、医師に相談することも出来ます。
しかし、感情や意志の異常は、深く囚われてしまうと、異常であると言う自覚も失ってしまうのです。
アナフラニールを飲んでいた時、僕に訪れた精神の興奮、攻撃的な感情は、これまでにも、書きましたが、やはり、改めて怖ろしい気がします。
忘れられないのは、近所の飼い猫、メイちゃんのことです。
チビとよく似た雌猫のメイちゃんは、うちの庭にやってきては、チビと唸り声を上げて喧嘩をしていたのですが、ある時、僕は、
「もし、メイちゃんがチビを傷付けたら、川に投げ込んでやる！」そう、叫んだことがあるのです。
たぶん、猫エイズのことが、僕の頭にあったのだと思います。
確かに、猫エイズは、喧嘩の噛み傷から感染することが多いとは言え、それまで、チビがいない場所、メイちゃんの家の前では、コロンとひっくり返って甘えるメイちゃんと良く遊んでいた僕が、そんなことを口走るなんて、今でも、信じられない気がします。
飼い猫で可愛がられているメイちゃんが猫エイズのキャリアである可能性は極めて低いのにも関わらず、僕は、そう叫んだのです。
あれは、チビとメイちゃんが庭で喧嘩した直後の事だったと思います。
何か、嫌なことがあって感情が高ぶっていたのでしょう。そこに、猫同志の喧嘩があって、僕の攻撃的な感情が爆発したのだと思います。
たぶん、実際に、メイちゃんがチビと喧嘩して、チビを傷付けても、そんな残虐なことはしなかったとは思いますが、自分のうちの飼い猫のチビだけでなく、すべての動物が好きな僕が、そんな感情を持ったことが信じられないのです。
それから、もう一つ、忘れられないのは、下の甥っ子、Tに対しての僕の行動です。
あれは、まだ、Tが小学校に入るか入らないかの頃だったと記憶しています。
Tは、妹や僕の母、つまり、祖母が甘やかしたたこともあって、我が儘な子でした。
その日、僕の家に妹夫婦と遊びに来ていたTが、何か、駄々をこねた、それも、子供なりに、大人が自分の我が儘を聞いてくれると計算して、駄々をこねた時だと思います。
僕は、いきなり、Tを抱えて、その小さな身体をソファの上に放り投げたのです。
Tは、一瞬、怖がると言うより、あまりに唐突な僕の行動に唖然とした様子でした。それから、しばらくして、「伯父さん、怖かったよう！」と泣き始めました。
母は、後に、「あれで、打ち所が悪かったら、おまえは人殺しになっていたよ」と言いましたが、確かに、その通りです。
僕の中の理性が、抱え上げた後、柔らかいソファの上に放り投げさせたのですが、それでも、僕がとった行動は、児童虐待と言われても仕方のないものです。
今も、Tの心の中に、大きな傷として、あの時のことは残っているかも知れません。
あの頃、僕は、自分の激しい攻撃的な感情が、アナフラニールの副作用によるものだ、とは思っていませんでした。
そう自覚できる時期を、僕は、とっくに過ぎていたのです。
ルボックスに薬を変えてからも、やはり、副作用はありました。と言うか、今も、それは、続いているように思えるのですが。
ルボックスの副作用の一番手に挙げられる吐き気が僕にはなく、それで、飲み続けることが出来たのですが、頭に鍋を被ったような、重苦しい不快感は、しばらく続きました。たぶん、馴れたのか、あるいは、初期の副作用で、消えてしまったのか、はっきりとは分かりません。
肉体的な、顕著な副作用は、飲み始めてから、八年が経った今、特に感じることはありません。
しかし、やはり、精神面では、僕の心に影響を及ぼしているような気がするのです。
これは、八年間と言う長い間に、僕が年を重ねたことによることを差し引いて考えなければならないことかも知れませんが。
勘違い。それも、常識では考えられない勘違いを長期に渡って、していたと言うことがありました。
右手を左手、左手を右手と勘違いしていたのです。
病院に出掛け、たぶん、採血の注射をしたときのような気がするのですが、
看護師さんから、「右腕を出して」と言われて、左腕を出してしまったのです。
左腕を、僕は、右腕と勘違いしていたわけです。
当時は、そんな勘違いをしていた理由に、心当たりがありました。
その頃、僕は、ずっとボクサーの世界を題材にした小説を書いていました。
ボクシングの世界には、「左は世界を制す」と言う、有名な格言があります。
右利きのボクサーにとって、ジャブを打ち、相手を牽制し、間合いを計る、左のリードパンチは、とても重要なのです。
僕は、時に、シャドウボクシングをしながら、パソコンに向かって書いていました。
つまり、右利きの僕にとって、自分をボクサーとイメージしたとき、左腕こそ、大切な腕なのです。
それが、頭の中で、混乱し、大切な腕が、言葉としては右腕なのに、実際に使う、大切な腕は、左腕となってしまっていたのでしょう。
右腕＝大切な方の腕＝ボクサーにとって大切な腕＝左腕
そんな、脳の勘違いがずっと続いていたから、僕は、右腕と言われて、左腕を出したのではないか？
当時は、そう解釈していました。
しかし、最近になって、そうではないのではないか？そんな疑問を持ち始めました。
なぜなら、同じような勘違いを、ボクシング小説を書いていない今も、することがあるからです。
ついこの間も、町で道を尋ねられて、「そこの十字路を右に曲がるとすぐですよ」そう言ってから、あれ、あっちの方は、右で良かったんだっけ？一瞬、そう思い、自信がなくなってしまったのです。
右と左の感覚に一瞬だけれど、自信がなくなる。僕には、そんな心の混乱があるようです。
それから、もう一つ、頭で思ったことと全く逆の言葉が口を突いて出ることが、時折、あるのです。
ああ、暑いなあ。そう思った、次の瞬間、なぜか、
「ああ、寒いなあ」そう呟いているのです。
幸い、人と話しているときは、そうしたことは起こりません。
無意識に、独り言を、ふと呟く、そんな時に、そのような、思いと正反対の言葉が、口を突いて出て来るのです。
脳の思考と言葉を発する器官の間を繋いでいる回路が、ショートして正常に繋がっていないような、そんな感じです。
更に、僕が長年、飲んでいる、ルボックスについて、芳しくない情報もあります。
1999年に起きた、アメリカの、コロンバイン高校での銃撃乱射事件の犯人二人のうちの主犯格の少年が、事件直前まで、大量のルボックスを服用していたと言う事実です。
自殺した少年の死体から検出されました。
ルボックスを販売していた製薬会社に、副作用として、自殺願望や攻撃的な衝動を引き起こす可能性があると言う説明がされてなかったとして、被害者の家族が訴訟を起こし、その結果、アメリカでは、ルボックスの販売は中止されているそうです。
SSRIには、自殺願望を引き起こしたり、他者への攻撃的な感情を誘発するという、副作用があることは、かなり知られています。
心の病の患者さんのブログで、ルボックスの副作用に危険を感じたので、アナフラニールに変えたら、気持ちが穏やかになった、そんな記述もあります。僕と正反対ですね。
それは、きっと、事実だと思います。
精神科の薬の効用と副作用について、自身で、ネットや本を通して、知識や情報を集めることは、薬を服用する心構えを持つという意味で、大切なことです。
しかし、一方で、効用も副作用も人様々で、その現れ方は千差万別と言っていいほどであることも忘れてはいけません。
人の心は、人が思っているほど強固なものではないと僕は考えています。
それは、戦争時に、人がどれほど残虐になれるか、普段は平凡で善良な人々が、非人間的な行為をいかに易々と行ってしまうか、そのことで証明されていると思います。
その脆い心に精神に影響を及ぼす薬物を悪用したり乱用すれば、結果は明白です。
映画「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士になることは、誰にとっても、それほど難しいことではないのです。
薬物を侮ってはいけない。しかし、心の病の治療のため服用するのを怖れすぎてもいけない。
僕も、これから、薬と上手く付き合って行きたいと思います。
そして、いつの日か、その助けを借りずに済むようになれたら、そう願っています。
OCDに囚われ、その蟻地獄のような強迫観念に頭を占領されてしまったとき、そこから、脱出する一つの方法があります。
無論、いつも、成功するわけではありません。しかし、これまで、幾度か、僕は、この方法で、蟻地獄の外に這い出すことが出来ました。ほんの少しでも、外部から、蟻地獄を眺めてみると、それは、案外小さな穴だったりします。
それをきっかけに、正しい認知にたどり着ければ、取り敢えず、その強迫観念をやり過ごしたと言えるでしょう。
分かりやすい例で説明してみます。
スーパーで買い物をした後、財布にお釣りを入れようとして、千円札を一枚、床に落としてしまいました。
あなたが不潔恐怖なら、強迫観念は、こう、あなたに囁くはずです。
スーパーの床は、たくさんの人たちが泥の付いた靴で歩き回っている。汚れていて、バイ菌もいっぱいいる。
そのバイ菌が、お札についてしまったかも知れない。
お札を拾って、財布に入れれば、財布の中の他のお金は勿論、財布自体が汚染されてしまう。そうなったら、もうこの財布は使えない。
財布の中には、一万円札も何枚かある。それらが、使えなくなるくらいなら、落とした千円札を見捨てよう。拾わずに、立ち去ればいい。もったいないけれど、仕方がない。
不潔恐怖の方の中には、このような経験を持っている人も多いと思います。
しかし、今のこの状態から、いっとき離れて、過去のことを考えてみましょう。
今、あなたが落とした千円札は、レジ係の人から受け取ったわけですから、造幣局から出来たてを直接受け取ったわけではありません。
そのお札にどんな歴史があるか、あなたは知っていますか？
その千円札は、数え切れない人の手を経てあなたの手元にやって来たはずです。皆、あなたのように、大切に扱った訳ではないでしょう。
スーパーで、突如、便意を催した老人が、トイレに駆け込んだ後、手も洗わずに、レジに並び、財布から掴んでレジのトレイに置いたものかも知れません。
これは、僕の父のことですが…。
子供がお小遣いとして、その千円札をもらい、嬉しくて玩具屋にかけて行く途中、転んで、お札を道に落としたかも知れません。泥の付いた千円札を、子供はそのまま、持って、また玩具屋に向かって走り出します。
そして、何より、今、あなたが拾おうか見捨てようか迷っている千円札を、あなたより先に、スーパーの床に落とした人がいるかも知れないのです。それも、何人も。
そんな、汚れた過去を持つ千円札に対して、あなたが、今、気を遣う必要があるのでしょうか？
もう手遅れのものに対して、今更、何をしても無意味ではないでしょうか？
更に、あなたの財布の中の、お札と硬貨も、すべて、そうした汚れた歴史を持っているはずですから、財布も、とっくの昔に汚染されてしまっているのです。
つまり、あなたは、汚れた財布から、汚れたお金を出して支払い、汚れたお釣りを貰って、また、汚れた財布にしまう、と言う行為を毎日繰り返している、と言うことなのです。
そうした一連の流れの中で、千円札を床に落としたと言う事実は、どれほどの意味を持つのでしょうか？
結局、それは、日常の行動における、許されるべき、ささいなミスに過ぎないのではないのでしょうか？
今度は、反対に、未来のことを考えてみましょう。
財布から、お金を出し入れすると言う行為は日常的なもので、人によっては、一日に何度も行うでしょう。
数日、数週間、更に、数ヶ月と言う単位で考えたら、何百回と言う回数になると思います。
だとすると、これから先、あなたが、財布から床にうっかりお金を落とす可能性も、かなり高いはずです
もし、将来、あなたが、お金を床に落とした時、気にはなるでしょう。でも、生まれて初めてそのミスをしたわけではないのです。
以前に、一度、同じように、お金を落とした経験があるのです。
つまり、こう、考えられます。
今、お金を床に落とした、そのミスは、将来、起こる同じミスに対する強迫観念を薄くするための予行演習でもある、と。
現在と言う、一つの場所に停滞しない。流れる川のように、思考の流れの中で、物事を判断する。
これは、「森田療法」の考え方の一つでもあるようです。
僕は、この療法を受けたことはなく、また、本も読んだことはありませんが、確かに、こうした考え方は、OCDをやり過ごすのに有効な考え方だと思います。
最後に、自然に、今という一個所の時間に留まらなくなった、僕の経験をお話ししてこの文を終えたいと思います。
それは、僕が、最近、自動車の運転を頻繁に行うことになったことと大いに関係があります。
強迫観念が頭の中で、ぐるぐる渦巻いているときも、買い物のため、取り敢えず、車で出掛けなくてはならないことが多くなりました。
両親、特に、父の体力が衰え、買い物の荷物を持つことが出来なくなったからです。
車の運転中は、どうしても、運転に集中しなくてはなりません。事故を起こしてからでは遅いのです。
僕はOCD患者だから、強迫観念のため、運転に集中できなかった―警察が、そんな理由を受け入れてくれるはずもありません。
そこで、必然的に、運転中は、強迫観念を、ひとまず、頭の中から、よけておくようになりました。
結果的に、そのことで、強迫観念に囚われている時間を、強引に中断することが出来るようになりました。
もしかしたら、僕は、無意識のうちに、日常生活を利用して、思考の流れを停滞させないための訓練をしているのかも知れませんね。
OCDに関するサイトやネットの掲示板などを見ていると、OCDで苦しんでいる人のたちの中にも、大きく分けて二種類の人がいることが分かります。
一つは、自分がOCDだと理解している人たち。
もう一つは、自分の心が何か得体の知れないものに占領されていることは自覚していても、それが、心の病であることを知らない人たちです。
しかし、いずれの人々も、自分の強迫観念に命じられて、やむなく起こす行動や儀式を他人は勿論、家族にも見られないよう、必死に努力していることに驚かされます。
そして、それが、OCDを、一段と苦しい病気にしていることにも。
自分がOCD特有の儀式を行っている場面を、人に見られることを極力避けるのは、当然だと思います。
職場で、見られれば、それがOCDに関わることと理解している人なら、相手を、精神障害者と見るでしょう。
一方、OCDを知らない人なら、奇癖を持った変わった人間と思うでしょう。
いずれの場合も、仕事の遅い人間、職場の和を乱す異端者として、正当な理由でなくても、プレッシャーをかけて、解雇に追い込むことは出来ます。正社員でなければ、尚更、簡単でしょう。
家族に見られれば、うちの中の厄介者、そう考えられてしまう可能性があります。この病気を理解し、治療に快く協力してくれる家族の方が、きっと少ないと思います。
統合失調症やうつ病であれば、周囲が自然と、そうであると推測することも多いでしょう。しかし、OCDの場合、患者は自分を冷静に眺めることが出来るので、症状が重度でなければ、周囲の人間を騙すことが出来るのです。
それは、OCD患者にとって、ある意味では、不幸なことかも知れません。
家族や他人から強迫行為を見られること。
それについて、まず、僕自身の経験を書いてみます。
僕が、初めて強迫行為を行ったのは、幼稚園の頃ですが、それは、壁のある場所を何度も触ると言う行為でした。何しろ、幼い頃の記憶なので、そのことについて、両親が何を言ったか覚えていません。これは、記憶としては強く印象に残っているのですが、強迫行為を行っていたのが短い期間のことだったので、両親は気付かなかったと思います。
それから、小学校の三年生くらいの頃、テレビアニメのエンディングテーマを頭の中で完全に歌い切るまで眠ってはいけない、と言う、強迫観念に囚われました。これは、僕の頭の中のことなので、僕以外の誰もが知らないでしょう。
この辺りのことは、「エッセイ」コーナーの「はじめての強迫」に詳しく書いてあるので、良かったら参照して下さい。
僕の強迫行為が、初めて、人の目に触れたのは、やはり、小学生時代、プラモデルに夢中になった時です。
買ってきた、戦車や飛行機のプラモデルの外箱が、端っこが折れていたり、歪んでいたりすると、どうしても気になり、お店に持って行って取り替えてもらいました。箱を開けていないうちなので、取り替えてくれました。
お店の人がどういう反応を見せたか、子供のことなので覚えていません。
しかし、このことについて、自分が特に異常だという意識はありませんでした。
プラモデルは、男の子なら知っていると思いますが、箱に描かれている絵がかっこよく、箱もまた魅力の一つで、作るまでの時間が本当に楽しいのです。
今でも、記憶に残っているのは、吹雪の中を、歩兵たちを引き連れて進む、ソ連の、スターリン戦車です。
ですから、外箱に対する細かなこだわりは、プラモデルに夢中な神経質な子供なら、それほど異常ではなかったのではないでしょうか。親も、そのことについては、何も言いませんでした。
僕が一番、幸せだった時代、網走にいた、中学校の二年間は、OCDの強迫観念に苦しんだ記憶がありません。
僕は、結構、勉強した方で、参考書に愛着を持っていて、大事に使っていましたが、それでも、赤線を引いて汚れるのが嫌で引かなかったくらいで、無意味なこだわりはありませんでした。やはり、心が晴れやかで、平穏なときは、OCDは、影を潜めているのかも知れませんね。
対照的に、高校時代、下宿生活をしていて、自分の生き方に疑問を持ち、対人関係に苦しんでいたときは、参考書に異常なこだわりを持ちました。
殺虫剤のスプレーが、降りかかって、参考書が汚れてしまった気がして、すべての参考書を買い直しました。
中学三年の不登校時代、この一年間も、不安定極まりない心の状態だったのですが、不思議と強迫観念は現れませんでした。
OCDのこだわりより、更に激しい感情が僕の心を支配していたから、僕の苦しみに、OCDが手を貸す必要がなかった、そんな気がします。
高校時代の参考書へのこだわりは、親元から離れての、下宿での一人暮らしだったので、誰にも知られることはありませんでした。
僕の強迫行為、それは、多くが確認のための儀式ですが、それを人に知られ奇異な目で見られるようになったのは、上京してからのことです。
僕が住んでいたアパートには、玄関に、それぞれの部屋の郵便受けが並んであったのですが、ある日、僕宛の郵便が他の人の郵便受けに入っているのを見付けてから、僕の確認強迫はひどくなりました。
アパートを出入りする際、僕宛の郵便が他人の郵便受けに入っていないか？チェックせずにいられなくなったのです。特に、その日の終わり、最後の外出から帰ってきたときは、入念にチェックせずにはいられませんでした。
その時刻は、大体、午後十時頃でしたが、学生街のアパートなので、まだ、人の出入りもありました。
玄関に向かって歩いてくる足音を聞くと、僕は、一時、玄関を離れて、自分の部屋に入ります。幸いなことに、僕の部屋は、一階にあり玄関から二番目に近い部屋でした。
人が玄関からアパートの中に入り、自分の部屋に入ったことを物音から確認して、再び、僕は玄関に行くのです。そして、郵便の確認の続きを行います。
しかし、そうやっていても、やはり、郵便受けを一つ一つ確認している姿を見られてしまうことが、何度かありました。
「下に住んでいる変なオッサン、他人の郵便受けをのぞいているの」
二階の部屋に同棲していたカップルの女性が相手の男性に、そう話す声が聞こえてきたこともありました。恥ずかしさと屈辱で身が震えました。
その他にも、部屋の鍵の確認のために、アパートを出てから何度も部屋に戻っているところを見られ、「ゆうじさん、何してるの？」と隣の部屋のおばさんに訊ねられたこともあります。言葉を濁して、敢えて説明はしませんでした。これは、恥ずかしいと言うより、自分でも理由が分からずやっていることなので説明できなかったからです。
二十歳の頃に知り合って仲良くなり、現在、横浜と北海道、遠く離れていても、月に一度は電話で長話をしている友人には、意外と僕のOCDに関して知られることはありませんでした。
結構長い時間、居酒屋でお酒を飲んだりして過ごしていたのに、確認行為に走ることはなかったのです。ただ、彼の家に泊まったとき、たまたま歯を磨いたのですが、磨く時間の長さもさることながら、口の中をゆすぐのに時間がかかるのに驚いたようです。
しかし、お互い、十代の頃、親に精神科に無理に連れて行かれた苦い経験を持っていたので、少々、奇妙な行為を見ても、敢えて、その理由を問い質しませんでした。
僕が北海道に帰ってきてから、両親が僕のOCDによる確認儀式に気付いたのも、やはり、歯磨きと口のすすぎの異常な長さによって、でした。
一時間近くも歯を磨いている僕に、父は、「おまえ、頭がおかしいんじゃないか？」と、いつもながら無遠慮な言葉を投げかけましたが、当時は、自分がOCDであると言う認識がなかったので特に言い返しませんでした。
やはり、多くのOCD患者が、家族にその異常さを気付かれるきっかけは、「歯磨き」「入浴」などの日常生活からなのではないでしょうか。これらは、自分の部屋でこっそり行うわけにも行かず、どうしても見られることが多いからでしょう。
家族が僕のOCDによる症状を嫌と言うほど見せ付けられるようになったのは、僕のパソコンに対するこだわりが悪化してからです。
パソコンに関するこだわりとOCDの悪化に関しては、これまで何度か書いたので割愛しますが、これは、奇妙な振る舞いと言うだけでは済まず、お金も無駄に消費し、薬の副作用のせいもあって大暴れもして大変なものでした。
この頃には、自分がOCDであるという認識はあったのですが、自分の心をコントロール出来ませんでした。
両親も、僕の異常な行為が心の病気のせいであると言うことは分かっていました。主治医の先生からも説明して貰っていました。しかし、表面的な理解だけで、苦しさの実態については分かりようもなかったはずです。
多くのOCD患者が、孤独感に苦しんでいる大きな理由の一つに、家族の理解が得られない、と言う問題があります。
「うつ」のように、かなり知られるようになった病気と違い、OCDは、まだまだ多くの人にとって未知の不可解な心の病です。
普段の言動が正常なだけに、心の病と理解できず、「わがまま」「意志が弱い」、つまり、自分の奇妙な行動やこだわりをコントロール出来ない弱い人間、あるいは、コントロールしようとしない我が儘な人間と見られがちです。
「何で、こんな馬鹿馬鹿しいことで、時間を無駄遣いし苦しみ、将来を台無しにしようとしているんだ」家族が、そう思い、歯がゆい気持ちを抱くのは想像が付きます。
確認強迫が主な僕ですら、極度の不潔恐怖の人のこだわりには、「何もそこまでしなくても」と、つい思ってしまうのですから。
僕のように重度の症状に陥り、嫌でも家族に知られてしまうと、いっそ気楽かも知れません。難しいのは、家族に隠せる程度の症状で、苦しい思いをしている場合です。
もし、自身がOCDであると分かっているのなら、家族だけにでも打ち明けると言うのは、楽になる一つの方法です。普段から家族とコミュニケーションが取れていて、良い関係を築けているのなら、それが最良な方法のように僕には思えます。OCDについて書かれた海外の本を見せながら、理解してもらえたらベストでしょう。理解と言うより、奇妙な振る舞いが心の病の症状であり治療が必要であることを分かってもらう、と言った方がいいかも知れません。
職場や友人関係については、ケースバイケースとしか言えません。友人が心の病の経験があれば、病名は違っても、受け入れてくれる可能性が高いとは思いますが。
職場に関しては、僕は経験がないので何とも言えません。
仕事での失敗、不手際が、病気のせいだと分かってくれたとしても、現実に、社会人として能力を発揮できないのですから、回復を待ってくれるか、それとなく辞職を求められるか、難しいところです。
職種やその人の人柄、潜在能力、上司の考え方、すべての要素が絡み合ってきます。「うつ病」などで休職中の人たちも同じ悩みを抱えているのでしょう。
ただ、「うつ病」に比べて、OCDは、あまりに認知度が低いのが現実です。
もっと、多くの人たちに、この不思議で辛い病気のことを知ってもらえたら、心からそう思います。
いつか、「うつ病」程度にでも世間に認知されたら、OCD患者は、ずっと生活しやすくなるはずです。
そんな日が、一日でも早く来ますように。
日記のコーナーではあまり書いていませんが、僕は、今も、数々の強迫観念に苛まれる日々を送っています。
入院前と違うのは、そのやり過ごし方が巧みになったことでしょう。
今回は、いくつか、実際の例を挙げて検証してみることにします。
寝る前の蛍光灯その他の確認
以前は、寝る前、天井から吊されている蛍光灯を消す際、紐を引っ張ったとき、引っかかりがあったりすると、力を入れすぎたから寝ている間に蛍光灯が顔の上に落ちてくるのではないか？そんな不安に駆られて、何度も蛍光灯を点けては消し、点けては消し、と言うことを繰り返していました。
しかし、そうした強迫行為はほとんどなくなりました。理由の一つは、皮肉なことに、精神科の薬の副作用による眠気のせいです。
時を選ばず襲ってくる眠気のせいで、眠るつもりがなく布団に横たわっているときに、そのまま眠ってしまうことが多いのです。勿論、その時は、蛍光灯は点けたままなのですが、そうしたことが続くうちに、寝る前の蛍光灯の様子が気にならなくなりました。
蛍光灯を点けたまま眠ってしまうわけですから、紐を引っ張らないわけで、意識がしっかりしていて紐を引っ張ったときは気になるのでは？と思われるかも知れませんが、寝るぞと思い、紐を引っ張って蛍光灯を消すときも、不思議と気にならないのです。
理屈に合わないかも知れませんが、結局、紐を引っ張ったとき、蛍光灯がどんな状態になるか？ということより、蛍光灯そのものの安定感の方が気になる、と言うことなのでしょうか。
あるいは、蛍光灯の紐を引っ張らずそのまま眠ることで、紐を引っ張ると言う行為が曖昧なものになり、結果、紐を引っ張った時の確認の重要性が薄れたのかも知れません。
ただし、地震があった日だけは、一度、蛍光灯と天井がしっかりと繋がれているか？を確認します。これは、実際に、蛍光灯が揺れている場面を見たか、見ないかにかかわらず行います。
薬の副作用によって強迫観念が薄らいだのですから、「怪我の功名」と言えるかも知れませんね。
このことが良い方に連鎖して、他の強迫観念も薄らいで行きました。
車のドアをロックした際、以前は、ドアノブを何度か引っ張りきちんと施錠されているか確認していたのですが、今は、一度もしなくなりました。つまり、ロック機構を信頼出来るようになった訳です。ちょうど、天井から吊されている蛍光灯がそうそう落ちないように、機械というものは、余程力を入れて無理をしなければその場で壊れないし、また、僕のように意識してしっかり作動させれば、機構はちゃんと働いてくれる、と言うことを信じられるようになったと言うことです。
これは、間違っていた認知の仕方が正しくなったと言えます。
つまり、自然に認知行動療法が行えたのかも知れませんね。
手紙その他郵便物の確認
僕は、親しい人への手紙は勿論のこと、パソコンやソフトウェアのユーザー登録のハガキなど、そうした郵便物に関して、かなり重い強迫観念があります。
まず、書く際に、内容は勿論、誤字脱字、郵便番号から住所、宛名、更には、送り主である自分の情報についてまで、慎重に書き込むため、人の何倍も時間がかかります。そうして、苦労して書いても、最後に「確かめた」と心の中で言うのを忘れると、また、最初から、確認し直さなくてはなりません。
ポストに投函する際にも、入り口に引っかかっていないか手を差し入れて確認してから、更に、ポストの下に何も落ちていないか？を確認し、やはり、心の中で「確かめた」と言ってから、ポストを離れます。
しかし、こうした状況は、ここ数年でかなり変わりました。
それは、電子メールの普及によってです。
個人的な手紙やハガキはともかく、ユーザー登録に関しては、ほとんどすべてがインターネットを通じて登録するようになりました。送信して、間を置かず、自動的に、登録完了のメールが返信されてきます。これで、相手に届いたことは確認出来ます。内容についても、登録完了メールに、詳しいことが書かれてあるので、自分が間違っていないことを確かめられるわけです。
個人的なメールに関しても、送信記録を読めば、自分が書いた、相手のアドレスと内容を確認出来ます。
実際に相手に届いたかどうか？は、送信済みトレイを見ることで一応の安心は出来ますが、メール障害などもあるので、相手から返信メールが来るまでは、やはり不安です。それでも、郵便で送るより、遙かに、確認と言うことに関しては、楽になりました。
メールは、手書きに比べて、味気なく心が伝わらないと言う考え方もありますが、これだけ普及した現在では、メールの文章に気を遣うことで、相手への思いや敬意を伝えることは出来るのではないでしょうか。
こうして、メールに慣れたことによって、手書きの郵便物、これは、僕に関しては、ほとんどが年賀状なのですが、それらを、以前より、ずっと気楽に書けるようになりました。
たくさんメールを送る経験を重ねたことで、慎重な僕なら、まず手抜かりなく手紙を書く事が出来る、そうした自信のようなものが心の中に生まれたのではないか、そんな気がしています。
以上、おおまかに二つの例について書いてきましたが、以前として、僕につきまとって離れない強迫観念はたくさんあります。かなり軽くなったとは言え、克服出来ていない強迫観念の方がはるかに多いです。
OCDは、治そうとする努力の大きさが、回復の早さに比例しない病気です。
逆に、病気を受け入れ、強迫観念と共に生活していると、自分の思いもかけないところで、症状が軽くなるきっかけに出会うこともあるのです。